KANSAI Close-up

Historic Kansai:砂浜にも歴史の足音がひびく 紀州の白浜

きらきら輝く砂浜で知られる紀州(和歌山県の古称)白浜は、豊富な泉源に恵まれた温泉もあり、冬にも夏にもリゾート地として人気が高い。だが、ちょっと調べてみれば、古代からつづく興味深い歴史のふるさとである。
 この?ちょっと調べる?行為こそ、日本の楽しさを左右する要素である。日本では自然の中の一木一草にも先人の哀歓が宿っている。こういう話を、海外からの旅行者を含めた席でしたとき、「多神教の世界だからね」と宗教論になりかけたことがある。そうじゃない。素朴な自然観なんですがね。
 大阪から鉄道や高速道路で、2〜3時間南にゆくと、和歌山県白浜町に入る。中心部に石英砂から成る砂浜・白良浜がある。きれいな浜辺ね、といえば、それだけだが、この近く「綱不知」(つなしらず)という地名に目をとめてほしい。綱は「ロープ」、不知は「知らない、縁がない」という意味だ。1933(昭和8)年に鉄道が開通するまで、ここは、地域の玄関口だった。大阪や神戸から入る船は、この砂浜から出入りした。波静かなので、船をつなぎとめる杭も綱もいらない、というので「綱不知」になったわけである。
 奈良に都のあった奈良時代(710〜784年)には、王侯貴族の遊ぶ場であった。ヨーロッパでいえば地中海沿岸の遊興地の位置である。遊ぶだけでなく権力闘争の場にもなった。帝の後継者争いに敗れた皇子が、この地で裁きを受けたという記録もある。
 16世紀には近くで鉛の鉱山が発見された。鉛発掘を奨励するため、時の権力者から、米による税納つまり年貢を免除された。
 現代には、波が静かな特徴をかわれて、水上飛行場となり、遊覧飛行や民間空路の基地ともなった。その後、陸地の空港も設けられている。
 素朴ではあるが奥が深い。白浜は「くわしく知れば味が濃くなる」という日本の風土を、そのまま体現している、といえよう。 (田中準造)