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[Columns]『坂の上の雲』が世界の空へ

 第二次大戦後に日本で輩出した作家・評論家。思想家のなかで、最大の人気と信頼を得たひとは、司馬遼太郎氏である、といってもいいだろう。若い世代からも年配の人々からも、「シバさん」といって慕われ、1996年2月に急逝されたときには、日本中が悲しみに包まれた。膨大な作品群は、多くの日本人の歴史観に影響をあたえる魅力に満ちており、いまもなお、追随する作家や、映画やテレビドラマで映像化されるものが多い。ほとんどは日本史の奥深いエピソードのなかに題材をとっているせいもあって、なかに中国語に翻訳されたものもあるものの、英語圏、フランス語圏などの国際的な評価には馴染みが深いとはいえなかった。

 その作品のひとつ『坂の上の雲』が、このほど英訳され、全4巻となる予定である。うち1,2巻はすでに日本国内の書店にお目見えしている。
 これは日本が封建社会から脱皮して開国し、近代化へ転じた明治維新(1868)から、日清戦争(1894~1895)と日露戦争(1904~1905)に至る過程を舞台に、当時の日本人は“坂の上には白い雲があるのでは”と信じて、ひたすら坂道を上り続けた、として描いている。
 英訳本のタイトルは

『Clouds above the Hill』

 大長編なので複数の翻訳者がその任にあたった。司馬遼太郎記念館の会誌『遼』第48号は、この英訳本を紹介して、翻訳者のひとり、ジュリエット・W・カーペンター氏が「トルストイの『戦争と平和』に匹敵する」作品だと述べていると書いている。
 
  また、編集に携わっている作家フィリス・バーンバウム氏は、同誌に随筆をよせ、「それまではほとんど知らなかった時代と場所に自分を浸しきり、実に多くのことを学びながらとても充実した日々を送っている」(随筆の翻訳は南谷覚正・群馬大教授)という趣旨の想いを書いている。さらに「日露戦争と第二次大戦を、日本人の視点から、深い歴史的知識に基づきながら見る」という機会を与えられ、読んでいて目の開く思いをさせられる」とも述べている。

 この作品は、1968年に産経新聞に連載が始まり、1968年に文藝春秋から出版され、ついに司馬氏の代表作のひとつとなった。
 映画やテレビドラマ化の企画も持ちあがったが、司馬氏は「戦闘シーンの迫力によって戦争賛美と誤解されるおそれがある。私は、人間の生命をはぐくむ切ない青春物語として描いたのだから映像化は慎重にしたい」と、断わりつづけた。没後13年の2009年にNHKの長編テレビドラマとなり、これも高い評価を得た。
 このたびの、英訳本出版で司馬氏の評価はさらに広がると期待される。(田中準造)

 
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(右)英訳『坂の上の雲』
(左)それを紹介する司馬遼太郎記念館
会誌『遼』