KANSAI Close-up

[Columns]歳末、会いたい人を尋ねたくなって

 今年もしっかりと暮れてきましたね。
 歳末のあわただしさのなかで、ふと逝かれた人々を思い出すのも、この季節のありようです。
 
 遅がけの紅葉狩りのつもりで京都の清水寺の奥へ、東山界隈を進むうちに逝かれた人々の石碑つまり墓石の広がる処へたどりつきました。
 見渡す限りといってもいいほど多くの墓石が並んでいます。そう、ここには司馬遼太郎先生も眠っておられます。久々におまいりしてご無沙汰をお詫びしなければ、と歩いてみました。
 
 司馬遼太郎さんは著名な歴史作家。
 1996年に急逝されたあとも新しい出版件数は絶え間なくつづき、映画やテレビドラマ化も多く人気の高い方です。筆者は同じ新聞社の後輩でもあり、終生、お世話になりつづけました。
 
 以前、お詣りした記憶では高速道路らしきものがみえる、高台の張りだした見晴らしのいいところにあったはず、と見当をつけてみましたが、なかなか、お会いできないのです。真新しい、しかも墓碑にはめずらしい清々しいデザインであったのに、とけんめいに探してまわりました。
 墓参りの人に何人か出会いました。司馬先生のお墓は、ときいてみましても、さあて、と首をかしげる人ばかり。なかには「先生のお墓があるのならご一緒に参詣したい」と、私どものあとを付いてくる人もいます。
 
 尋ねあぐねて、ふもとの警備所にもどり、警備の人にきいてみました。
「あ、司馬先生のお墓があるとはうかがっております。正確な場所は、そうですね、事務所で聞いていただければ」と申し訳なさそうな口ぶりであります。

 膨大な墓石の森の中です。わかってはいても、正確なポイントはつかみにくいということかもしれません。事務所らしきところで女性の職員さんにきいてみました。この時点でもう、日ごろ運動不足の身、足が棒のようになっております。疲れもあってなかばあきらめかけていました。
 ありがたいことに反応がありました。「はい。少々お待ち下さい」 奥の引き出しから、プリントを取り出してこられました。

「司馬遼太郎先生の墓碑」の略図が一枚の紙に書いてあります。
 そのプリントを頼りに、再び広い墓地に入りました。

 さきほどまで、けんめいに歩きまわったところからわずかに離れた場所に、すっくと建っておられました。近くに新しい墓碑が増えて、以前とは異なった雰囲気になっております。地理感覚の乏しい私が迷うはずです。ですが、やはり谷間の向こうに、京都と滋賀を結ぶ自動車道路のみえる位置にありました。樹木の茂みのせいか車の音もほとんど聞こえず静かであります。

 どなたかお見えになったばかりなのか、花がいけてありました。

 しばらくその前にたたずみ、手を合わせて帰りました。(田中準造)
 
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司馬遼太郎さんと筆者(左)
取材先の台湾で(1993年)
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司馬遼太郎さんのお墓
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司馬遼太郎さん(1993年)
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司馬遼太郎さん