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文化

華道

■千年都市群で構成された地域

 今から千数百年前、5世紀頃から日本の都は大阪、 奈良、 京都を中心とする関西に置かれた。以後十数世紀間の永きにわたり、歴史上関西は常に経済、政治、文化の先進地域の役割を担い続けてきた。

 古代、日本は中国大陸および朝鮮半島から政治的な影響を度々受けたが、さらにシルクロードから中国を経てもたらされた西欧の文化や社会機構とも混じり合い、その後の日本の社会、文化の形成に多大の影響があった。中国、朝鮮半島からの政治・文化やシルクロードからの西域の文物は、いずれも瀬戸内海を通ってわが国に伝播され、関西は世界文明受容の玄関であった。関西はその歴史文化の豊かな蓄積を最大限に生かして大陸文化との交流・融合を行い、日本独自の文化を開花させた。また温暖な気候と、豊かな自然の四季折々の微妙な変化は、関西の人々の精神を涵養(かんよう)し、柔軟な思考とバイタリティに富んだ関西人独特の気質が育まれた。茶道、華道、芸能、建築物をはじめ、日本の風俗、商い、生活習慣など、その源流の大部分は関西にあり、関西は日本の文化・経済の源流の地と言うことができる。

清水寺

■世界遺産と国宝・重要文化財の集積

 関西は、緑あふれる豊かな自然に恵まれ、文化財の宝庫となっており、そこには幾多の 困難をも克服してきた先人たちの創造性が息づいている。

 世界遺産条約は、人類が次の世代に受け継ぐべき自然・文化遺産の保護を掲げているが、日本は1992年に条約加盟国となりこの条約を批准した。日本ではこれまで自然遺産3件、文化遺産11件、計14件の世界遺産が登録されているが、文化遺産の約半数の5件が関西に存在している。(2011年2月現在)

熊野参詣道

 現存する世界最古の木造建築物である、「法隆寺」(奈良)、その美しさから白鷺城の異名があり堅固な守りを誇る「姫路城」(兵庫)、優雅な金閣寺や清水寺、平等院、延暦寺などの「古都京都の文化財」(京都、滋賀)、東大寺、春日大社、興福寺、春日山原始林、元興寺、唐招堤寺、薬師寺、平城宮跡の8つの文化財からなる「古都奈良の文化財」(奈良)に加えて、熊野参詣道(熊野古道)で結ばれ「吉野・大峯」「熊野三山」「高野山」の三大霊場を形成する「紀伊山地の霊場と参詣道」(和歌山、奈良、三重)が登録された。中でもうっそうとした緑に覆われた和歌山の霊峯・高野山は、海抜1000メートルの高野山上に弘法大師が開いた真言宗の総本山で、歴代の皇室の手厚い保護の元、栄華を極めた密教文化が現在も残っている。

 関西には、その長い歴史的背景から国宝や重要文化財が存在している。特に国宝や重要文化財が多数集積している京都や奈良では地域全体が文化財と言っても過言ではなく、
国宝の約6割、重要文化財の約5割は関西に存在している。また、大坂城の遺構や、その近くに広がる7、8世紀の難波宮跡、日本の宮廷文化が展開された京都の御所、歴史の散歩道になっている奈良の飛鳥の里、井伊家35万石の威容を今に伝える滋賀の彦根城、凛々とした静寂のなかにたたずむ清楚な伊勢神宮など史跡や名所が至る所で見られる。

人形浄瑠璃

■伝統芸能

 歌舞伎、文楽(人形浄瑠璃)、能楽など日本を代表する伝統芸能は、その多くが関西を源として発展している。また関西は日本を代表する伝統文化である茶の湯、華道などの発祥の地としても知られている。

 16世紀、若者の異様な振る舞いを意味する「かぶ(傾)く」が語源の歌舞伎は、17世紀初頭、出雲の阿国が京都で見せた「かぶき踊り」が起源とされている。その後、専門の役者が現れ台本なども整備され、17世紀後半にはほぼ現在の姿になった。歌舞伎は、当時江戸幕府によって女優を使うことが禁止されたため、男性が女形を演じるという独特の様式をとっている。当時大坂、京都では、歌舞伎などを上演する芝居小屋が建ち並び上方歌舞伎が生まれた。荒々しく男性的な江戸歌舞伎に対し、上方歌舞伎は実際に同時代に起きた事件などを素材に、虚と実の狭間で人間の真実の姿を描こうとしたもので多くの観客を惹きつけた。

猿楽

 現在も京都・南座や大阪・松竹座などで公演され、7月に松竹座公演のプレイベントとして行われる「船乗り込み」、そして年末に京都・南座で行われる「顔見世」はそれぞれ季節の風物詩となっており、全国から観客を集めている。関西の市民団体も上方歌舞伎の育成に力を注いでいる。

 文楽は、人形に人間の情感を演じさせる高度な伝統芸能である。東アジアから渡来した人形操りが、16世紀に琉球王国を経て堺に入った三味線、京都で発展した浄瑠璃を取り入れて今日の文楽へと発展した。17世紀から18世紀にかけて隆盛を誇り、はじめは1人で操っていた人形を3人で操るという今日の文楽の原型もこの時代に成立した。現在、大阪には文楽公演の拠点として「国立文楽劇場」があり、文楽の普及に努めているほか後継者の育成に全力をあげている。

 能楽は歌舞伎、文楽以上に古い歴史を持っている。その起源は興福寺(奈良県)の薪能(たきぎのう)の折に奉納されていた猿楽であり、14世紀に観阿弥、世阿弥という父子の名手が登場して完成した。能面をかぶった役者の舞は、表情のない能面に喜怒哀楽を写し、西洋の心理劇にも通じるものがある。大阪、京都などで、それぞれの流派が上演の舞台となる能楽堂を持ち定期的な公演を行っているほか、社寺の能舞台などを使って野外の薪能が演じられ、観客を中世の幽玄の世界に誘う。

 このほか、雅楽から発展した生田流箏曲や、京舞、上方舞という独自の日本舞踊もあり、関西は日本の伝統芸能の宝庫となっている。大阪天満宮の裏門のたもとにある上方落語の定席「天満天神繁昌亭」には、地元はもとより全国から多くのファンが訪れている。

天神祭

■祭礼

 日本固有の宗教である神道では祭りは宗教的行事であった。地域共同体にとって連帯の絆の強化ともなり、人々も様々な催しに束の間の開放を感じて心待ちにし、次第に盛大なものとなった。中でも、大阪の天神祭、京都の祇園祭は、東京の神田祭とともに日本を代表する三大祭りとされている。

 天満宮の祭りである天神祭は毎年7月24・25日を中心に行われ、そのクライマックスは神輿を船に乗せて川を渡る「船渡御(ふなとぎょ)」である。船上では神楽や舞楽などが奉納され、100隻以上の船が次々と堂島川から大川を遡っていく。

鳥取しゃんしゃん祭り

 天神祭が水の都と呼ばれる大阪の特徴を生かした「動く劇場」ともいえる祭りであるのに対し、祇園祭は、八坂神社の祭礼で7月17日を中心に行われ、京都の中心部を山鉾が巡行するいわば「動く美術館」ともいえる祭りである。9世紀に都に疫病が流行った際、鉾をたてて疫病退散を祈ったのが始まりとされ、その後、町衆がそれぞれの町内から山車の豪華さや奇抜さを競うようになり、ほぼ現在の姿になった。この祇園祭とともに、葵祭と時代祭は京都の三大祭りと呼ばれている。

 異文化交流の歴史を伝える祭としてユニークなのは、神戸で行われる「神戸南京町春節祭・中秋節」、毎年秋に大阪の難波宮跡公園で行われる古代史祭り「四天王寺ワッソ」である。

阿波踊り

 大阪、京都だけでなく、それぞれの地域にも歴史の中で生まれ、今日まで守り継がれてきた祭りがあり、人々は五穀豊穣、商売繁盛、家内安全の願いを託している。1月10日に西宮神社(兵庫県西宮市)や今宮神社(大阪市)など各地で行われている「えべっさん」と、秋に各地で行われるだんじり祭などは特に有名である。だんじり祭は、約300年の歴史があり、町中で参加する市民のイベントである。中でも、9月中旬の大阪府岸和田市のだんじり祭はスピード感に溢れ、地元のみならず日本全国から大勢の見物客を集めている。

 そのほか、女装、変装した町内の若者が山車をかついで町内をねり歩く近江八幡の左義長祭(滋賀、2月)、春の訪れを感じさせる福井県のお水送り(3月)、二月堂のお水取り(奈良、3月)、京都の祇園新地甲部の歌舞練場で催され明治5年に始まった歴史ある春の踊りの都をどり(4月)、境内の石段上で高さ10mの扇神輿が大松明で清められる様子が圧巻である熊野那智大社の火祭り(和歌山、7月)、400年の歴史を持ち、和楽器が奏でる軽やかなリズムにのって、怒涛のおどり絵巻が繰り広げられる阿波おどり(徳島、8月中旬)、約4000人が傘を波のようにうねらせて、優雅に舞う鳥取しゃんしゃん祭り(鳥取、8月)、神輿が激しくぶつかり合う灘けんか祭り(兵庫、10月)、伊勢大神楽(三重、12月)など人々は祭りや行事を通し、季節感を実感している。