現場リポート


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Vol.14 島まるごとミュージアムにむけて〜淡路島アートセンターの挑戦〜

by やまぐちくにこ

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国生み神話の地・淡路島

瀬戸内海最大の島である淡路島(兵庫県)は、本州と四国を結ぶ神戸淡路鳴門自動車道が縦断し、淡路市・洲本市・南あわじ市の3市に区分されている。古事記や日本書紀によると、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二神が天上の「天の浮橋」に立って、「天の沼矛(ぬぼこ)」をもって青海原をかきまわし、その矛を引き上げたときに、矛の先から滴り落ちる潮(しお)が凝り固まって一つの島となった。これが「おのころ島」で、二神は、その島に降りて、夫婦の契りを結んで、国生みをされた。そこで初めに造られたのが淡路島で、その後次々に島を生み、日本の国をつくられたとされている。2012年は、古事記が編纂され1300年となるため、島では、くにうみ講座などの催しが頻繁に行われるようになってきている。

淡路島は、日本古代から平安時代まで「御食国(みけつくに)」として、皇室・朝廷に海産物を中心とした御食料を納めていた。畜産・農業・水産など、肥沃な土地が豊かな恵みを育み、食材の宝庫となっており、今も第一次産業の占める割合が高く、食料自給率は100%を超えている。
明石海峡大橋が掛かったことで利便性の向上とともに、生産年齢人口(15〜64歳)は、急激に減少した一方、近年、島への移住や古民家の問い合わせが増えつつある。淡路島にどんな魅力があるのだろうか。

 

淡路島アートセンター(AAC)誕生

2004年台風23号は、日本列島に上陸し淡路島へも甚大な被害をもたらした。その通過とともに見つかった空き家を地域に入り、改修していくことが、2005年、「NPO法人淡路島アートセンター(AAC)」発足につながった。空き家は「日の出亭」と名づけられ、現在もなおリノベーションを繰り返している。AACの目的は、さまざまな遊休施設においてアーティストとともに活用提案を行い、新たな価値観の創造を提案していくことだ。2005年〜2010年、全国のアートNPOや市民グループ、アサヒビールなどが協働で開催する「アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)」に参加。主催したアートの祭典「淡路島アートフェスティバル」は、毎回テーマを設け、招聘アーティストと地元アーティストとともに島の素材を取り入れた作品をつくってきた。2010年のテーマ「暮らしっぷり淡路島」では、アーティスト・タノタイガ氏※1が淡路島に長期滞在し、8月の猛暑の中、噴水跡が残る公園に「プライベート・パブリック・プール」と題したプールを制作し、20日間作品を開放した。地域の親子が集まり、かつて繁栄した公園が昔の姿を取り戻した。クリエイティブな思考でコミュニティが形成される一例だ。充分な資金がなくても、工夫し形として示すことができ、結果、人が集う仕組みづくりができる。そんな能力が、アーティストにはある。
AACが活動し、情報発信していくことで、観光客や移住者へのアンテナとしての役割も担うようになってきており、観光地や古民家情報の斡旋などの問い合わせも増えてきた。
2009年から開始した廃校活用プロジェクト「ノマド村」は、アーティスト自らが廃校活用の提案や島暮らしの情報発信などに大きな役割を持っている。また、カフェの運営に関しては、様々な雑誌に掲載され、特に若者の注目度が高い。

 

ノマド村

AAFの事務局長であり、写真・映像作家の茂木綾子氏※2のプロデューサーでもある芹沢高志氏から、映像作家のヴェルナー・ペンツェル夫妻とその子ども達の関西移住計画があり、淡路島で受入が可能かという問い合わせがAACにあった。AACではこれを受け、継続的な活動を行っていくために誘致活動を行い、淡路市長澤にある廃校を住居兼カフェとする許可を取り、2009年11月にアーティスト一家を受け入れた。

ノマド村のノマドとは、遊牧民という意味。遊牧民がコミュニティに定住するという一見対立した概念だが、個人的な場の所有や利益の蓄積を目的とせず、地域の人々や国内外からの参加者、訪問者たちとともにこの場を作り上げ、流動的に変化し続ける、開かれた場の創造を目指している。

3月〜12月までの毎週土日には、アーティスト自らがカフェを運営している。また、運動場に設置したパオなどで作品展示するプロジェクトは、島内外の若者達の関心を集めるようになり、週末は連日、他府県ナンバーの車が並ぶ。もともと地域では象徴的な学校であっただけに、地元の人々の関心も強い。町内会長などの強力な協力者を得、昨年から地場の農産物を販売するマルシェなどの地域コラボも行われるようになってきた。
 

 

五斗長ウォーキングミュージアム

アーティストの生活基盤ができると様々なプロジェクトが生まれる。「五斗長(ごっさ)ウォーキングミュージアム」もその一つで、兵庫県が推進する「あわじ環境未来島構想」にも記載されている。将来的には、島全体をめぐる仕掛けを創り上げることを目標に、先ずは、弥生時代の鉄器工場跡が出土したことで注目を集める淡路市五斗長という地域においてプロジェクトを開始することになった。AACがプロデュース、芹沢高志氏とヴェルナー・ペンツェル氏のディレクションという立場で始まり、地域の方々や行政の協力を得て、2011年より3ヵ年計画で動き出している。ウォーキングミュージアムは、その名の通り「歩く」という行為そのものを指す。淡路島の宝とも言うべき「自然」「歴史」「産業」「伝統文化」など多様な地域資源を住民自身が発見し、出会い、その魅力を再確認していけるような仕掛けを国内外のアーティストとともにつくっていくというものである。具体的には、現地調査や住民ワークショップの実施である。

 

地域活性化総合特区「あわじ環境未来島特区」の指定決定

兵庫県は、淡路島をエネルギーと食料の自給率向上、少子・高齢化への対応、豊かさの実現など、日本が抱える課題解決の先導モデルとなることを目指して「エネルギーの持続」「農と食の持続」「暮らしの持続」の総合的な取組を推進するため、地域活性化総合特区の指定を申請。2011年12月22日、「あわじ環境未来島特区」として、正式に内閣総理大臣から指定を受けた。今後、エネルギーと農を基盤に暮らしが持続する地域社会の実現を目指す。そのプログラムの一つに「暮らしの持続」をテーマに掲げた「島まるごとミュージアム化の推進」「ウォーキングミュージアムの整備」が位置づけられている。淡路島発祥の人形浄瑠璃などの日本伝統文化は、これまでも行政と関わりがあったが、アートによるまちづくりとして、行政とアートNPOと協働することは、島においては、極めて珍しいケースとなり、新しいモデルとなることを期待したい。

 

多彩なアートサイト

淡路島出身の洋画家、大石可久也(おおいしかくや)氏と鉦子(しょうこ)氏の「淡路大磯アート山」は、自宅周辺の美しい山と海と緑の中につくられた美術館であり、2004年から開館している。200名以上のボランティアによる手作りの美術館は、随所に「ものづくり」の暖かさを感じ、癒しの空間を求めて都心からのリピーターが多い。
また、同じく淡路島出身で2009年に帰省した美術家、岡本純一氏による「淡路島美術大学」プロジェクトは、本来の大学ではなく、芸術文化に関わるワークショップやイベントを企画し、島民を文化的な側面から元気づけていきたいという目的で始めたものである。ノマド村と同様にAACがアーティストと施設との仲介を務め、関西看護医療大学内旧津名高校教室を岡本氏のアトリエ兼展示スペースとして活用できるようになった。最近は、作家自身の生活スタイルとして自給自足プロジェクトを始め、美術・農業・陶芸・家づくりなどの生活全般に係る情報を発信している。
他に、洲本市には、行政とAACが協働運営する可能性を模索中のギャラリーと作業スペースをもつ洲本市民工房や、メディアアートの先駆的作家・山口勝弘氏のアトリエ「山勝工房」も存在する。一般公開はされていないが、その工房には、いくつもの作品が所蔵されており、いつか扉を開け公開できればと思う。島には、アーティストが運営するサイトが続々と増えつつある。そのほとんどが、UターンやIターンなどの作家によるもので、近年、島への吸引力が強まっていると感じる。

 

「ここから村」・・島の可能性

淡路島において、アートが受け入れられてきた背景には、企業スポンサーの支援が大きく貢献していると考える。企業冠は、地方での信頼を得るために極めて影響力がある。
2011年4月から人材派遣会社のパソナグループが、「半農半芸」支援を掲げ、淡路島での就農を課したプログラムの実践を始めた。特に、芸術を農業や地域産業と結びつけることで、地域の活性化とアーティストとしての自立を目指すこのプログラムを「ここから村」と名づけ、1期~5期の募集で150名以上を雇用している。将来的には、200人まで増員するという。就業時間を半日とし農業の他ビジネススキルなどのプログラムが用意されており、月10万円と居住スペースを提供するというプロジェクトになっている。生活さえ確保できれば、あとは芸術家として時間を費やすことができる。このシステムを貪欲に活用すれば、アルバイトでは培われない、生きることへの意味が見えるのではないか?そんな期待をする。ただし、1~2年は、緊急雇用枠で雇用されているが、期間終了後の生活保証はない。島に残り、生活していくのかどうか、島民として見守っているところだ。
島は、ポテンシャルの高い移住者に先導されるように動き始めている。他地域の流れも相まって、クリエイティブな活動を容認できるようになり、また、関係する看護大学では2011年から美術カリキュラムが新設され、アーティストの雇用が実現した。今、日常見落とされてきた価値に気付き、あるいは新しい価値を見いだし、豊かな生活を提案することが、地域の活力となろうとしている。
淡路島が魅力ある島であり続けるためには、特に若者による「アート×職」(アートと職を結びつける)とした、新たな生き方に貪欲でなければならない。総合特区の利点を活用し、地域に入り、既存の仕事に捕らわれず、クリエイティブな発想で生活を演出していける、知恵の場を創造しなければならない。これは、淡路島に暮らす者それぞれの課題だ。

 


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