現場リポート


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Vol.10 地域力再考~三重県伊賀市における、ひと・もの・まちづくりの新しい提案

by 南部沙智子

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過疎化により衰退した、第一次産業

高度経済成長期以降、大都市への人口集中による農山漁村地域の過疎化は、今なお日本社会が抱えている深刻な問題のひとつである。

今回取材した三重県伊賀市島ヶ原地区(旧島ヶ原村)もその例外ではなく、2004 年の 6 市町村の合併前までは、人口の約30%が65 歳以上の村であった。またこの地は、森林が地域面積の8 割を占め、さらにそのうちの8 割は人工林であるが、海外からの安価な輸入木材におされ、国産木材の需要が低下し林業の担い手が減少、地域で継承されてきた製材・木材加工などの技術が失われつつあった。管理のままならなくなった森林は荒廃し、自然災害を引き起こす危険性もはらんでいる。そのような状況の中で生まれた、全く新しい取り組みが「穂積製材所プロジェクト」、略して「ホヅプロ(hoz-pro)」だ。

 

都市・農村交流プロジェクト、ホヅプロのはじまり

ホヅプロは、2007 年1 月、伊賀市で開かれたシンポジウム「地域を語り、地域を遺す~KNS collaboration 伊賀~(なんと150 名ほどの出席者全員が忍者の扮装をしての参加!)」をきっかけとして始まった。
まちづくり研究会のパートで登壇したstudio-L のスタッフ、西上さんの事例報告に、 NPO 法人伊賀・島ヶ原おかみさんの会代表理事であり、同じく登壇者だった穂積製材所の奥さん穂積澄子さんが関心を持ち、西上さんに声を掛けたのだ。
まちづくり専門家として活動しているstudio-L 代表の山崎さん自身も、以前から日本の人工林の現状を危惧しており、この出会いは、新しい試みが始まるまたとない契機となった。

当初穂積夫妻からの要望は、休業中の製材所の敷地を整備し、公園を設計してほしいというもの。というのは、穂積家は5 期20 年に渡り、村長を務めてきており、駅前のこの土地で、お世話になってきた周囲の人たちが交流できるような場所をつくりたいと考えたのだ。

現地を訪れ、その立地と地域の資源である木材が残されているのを見た山崎さんは、さらに魅力的なプログラムができるのではないかと考えた。三重県伊賀市島ヶ原地区は、近隣の主要都市から片道2 時間弱でアクセスが可能であり、近くには温泉もある。また、製材所の横には、おかみさんの会が運営する「夢の道」という喫茶店もあり、観光資源として申し分ない。そして何よりも、豊富にある木材と設備の整った製材所、製材所社長である穂積亨さんが培ってきた技術力に魅力を感じたのである。そこで生まれたのが、都市住民と農村の交流プログラムであった。


例えば、都会で家具を買おうと思ったとき、国産の材料で作られた机は非常に高価で あり、材料を集めて自力で作るにしても、木材の運搬費だけで大きな出費となってしまう。けれども、材料を移動させずに現地に足を運んでもらって自作をすれば、良質な素材でできた家具を安く手に入れることができる。参加者が、製材所が保有する森林を見て、そこから切り出した木を加工し、組み立てるという一連の行程に参加することで、環境教育や、ものづくりへの興味関心を喚起させることもできる。そこに様々なプログラムを組合せてゆけば、穂積夫妻が当初の考えていた「人が交流できる場」の創出をよりいっそう可能にできるのではないかと考えた。ここには、プロジェクト遂行の要素(地元の木材、技術を教える人、実行する施設、お風呂、ごはん)があり、あと必要なのは、作業する人が寝る「寝床」。そこで「寝床づくりプロジェクト」から始めることにした。

そしてこれを実現するための環境整備が、関西の建築やまちづくりなどを専攻する大学生たちの手により、産学連携の形で進められている。現在、このホヅプロへの参加登録者は、500 人程。週末に参加できる人が島ヶ原に集まるという無理のない形で学生が中心となり運営している。
私が取材した時も、関西の若手を中心とした設計事務所により解体した納屋の木材や端材を生かしつつ、壁一面に特殊な塗料を塗るなどして、個性的でかつ機能的なデザインの「寝どこ」を制作中であった。これらは可動式で、一世帯(3〜5 人程度)で利用できる広さとなっている。現時点で、完成・制作途中のものも含めて6 棟あり、今後ニーズに応じて増築していく予定だ。
今年度からはいよいよ、実際に一般の参加者を募り、滞在型の家具制作プログラムをスタートさせる。週末に製材所に泊まり込み、ものづくりをはじめから終わりまで体感することで、修理の技術も身につけられる。また共同生活を送ることで、地域住民や他の参加者との交流も深められるだろう。

 

「ゆっくり」に価値を見出し、地域社会にコミットメントする

「プロジェクトの進行は、焦らずゆっくりと進めていくことを大切にしたい。種を蒔 いて土壌を作って、次世代へ引継ぐことが大事」。山崎さんはそう語る。
20世紀は物事を足早に進め、すぐ結果を得ることばかりが求められた。しかし後先を 考えずに行動した代償として、自己再生能力を失った自然環境や、コミュニケーショ ン不全が社会を覆うようになった。人々が交流し、新たなコミュニティを作り上げる ことは、一朝一夕にできることではない。まずはじんわりと、その土地に馴染む必要 がある。そうしてゆっくりと時間をかけて関係を形成することが、持続可能な社会づ くりへの第一歩となるのではないだろうか。

プロジェクトがスタートして今年で4 年目。毎週末に作業を絶やすことなく続けてきたことで、ようやく周囲に住む人々から、ホヅプロが一過性の取り組みではないと理解が得られるようになってきた。今では、人々がすっかり顔見知りになり、お裾分けの農作物だけで食事がほぼ賄えてしまえるほどになったという。親元を離れて進学した学生にとって、ここは第二の郷里のような場所としても機能しているようだ。

天気の良い日には、「夢の道」のオープンテラス兼、プロジェクトのための広場(寝どこに再利用されている納屋を解体した跡地)で、地元の新鮮な野菜を使ったご飯をみんなで食べるのだと聞いた。また秋(10 月)には、おかみさんの会のNPO 法人化5 周年のお祝いと、地域へのお披露目も兼ねて寝どこの竣工を記念したお祭りの開催も予定されている。

 

ホヅプロのこれから

プロジェクトの立ち上げ当初から関わっていた学生の中には、卒業し社会人となった今でも、休みの合間をぬって参加を続けている人もいる。
今後は、穂積製材所を中心とした活動はもちろんのこと、島ヶ原地区の抱える他の課題や、同じように地方の問題に取り組む人、林業に関わる他の団体とも連携しながら、活動を広げていくと言う。そして、ゆくゆくは地域の若者たちや障がいのある人たちの雇用の創出をも念頭に入れている。
取材の最中も、お菓子工房を作るなど新しいアイディアが連鎖反応のように浮かび上がり、今後のホヅプロについて議論の場となった。穂積夫妻と山崎さんの頭の中にはホヅプロの可能性が無数に広がっている。

 

コンセプトは「2回目の伊賀上野」 —地域住民発信の「まちかど博物館」

ホヅプロ取材に併せて訪れたのが「まちかど博物館」。一般的な博物館の定義とは異なり、仕事場や個人宅のコレクションや、伝統の技が展示内容であり、その世帯主や店長が(=館長として)解説をしてくれるという新しい形の博物館である。

1993 年に伊勢市でスタートしたこの取り組みは、2010 年7 月現在、三重県下全体で 500 館を超える登録数を誇る一大事業となっている。まさしく地域の文化資源を媒介にしたまちづくりの実践といえ、今回伊賀市でこの活動に取り組む人達から直接話を聞く機会を得た。
伊賀でこの活動を推進している辻村代表は、「伊賀上野の観光の売りといえば、忍者と松尾芭蕉だが、それだけではリピーターの獲得は難しい。そこで、まちかど博物館を盛り上げることにより、2 度目の来訪のきっかけとしていきたい」と意気込んでいる。
そんなまちかど博物館の魅力は、なんといってもそれぞれの館の館長さんにある。まちかど博物館認定の項目例にも、「熱意を持って説明できる館長が居ること」とある。気取りがなく、敷居の高さを感じさせない民家やお店の中で聞く、展示作品の逸話や解説は、それぞれに情感がこもっていて、どの館でも新鮮な発見を得ることができる。

また博物館側も、来館者との会話による気付きがたくさんあると言う。今回取材した養肝漬宮崎屋の館長宮崎さんは、漬け込み蔵の明かり取りの小窓のガラスが、大正時代から昭和初期の間に手仕事で作られたものだと教えられ、「長いこと商売をしていても、日常の中で気付いてないことはたくさんあるんやな、と。うちの宝物がひとつ増えました」と語る。

また、むらい萬香園の館長村井さんは、おじいさんが集めていた忍者道具を独自のユーモアを交えて紹介する。忍者にまつわる独自のお土産の開発など、非常に精力的に活動を展開している。
「まちかど博物館」は、核家族化が進みご近所付き合いや井戸端会議の光景をみることも少なくなってきた現在、その土地や街にとっての財産がそこに住まう人々であることを、今一度教えてくれる。

 

新しいコミュニティのかたち ~人と人をつなぐ~

ホヅプロの山崎さんは「アートを含めた様々なプロジェクトは、あくまでも人と人とが出逢うキッカケだと捉えています」と語る。
「既存の<つくる側>としてのアーティスト、<みる側>の鑑賞者という断絶された関係性だけではなく、ワークショップの参加者やイベント運営のボランティアで集まった人たちが、プロジェクト終了後も、繋がってゆけること」が彼にとっての、プロジェクトの意義であり理想だという。
近年、日本においてもアートプロジェクトの開催が盛んになってきた。アートの力を借りたイベントを行うことで、地域に人を呼び、地域の新しい魅力の創出をもくろんでいる。
しかし一方で、そもそも「アート」と呼称されるもの自体への、一般的認知度はそれほど高くはない。いまだそれほど強固な固定観念の無い取り組みであるからこそ、アートという媒体が持つ大きな可能性を良い意味で「利用する」ことで、新しいコミュニティ創出の場が増えてゆくことを期待したいと思う。

 

今回お話をうかがった「山崎亮(やまざき・りょう)」さんとは?

ランドスケープアーキテクト、株式会社studio-L 主宰。

実践・教育・研究を柱に、ランドスケープデザインやパークマネジメント、地方自治体の総合計画策定や、まちづくり活動のサポートなどを行う。また公共空間のデザインに携わるとともに、完成した公共空間を使いこなすためのプログラムデザインやプロジェクトマネジメントに携わる。

 
 


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