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  <title>KANSAI ダイスキ！</title>
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  <title>大阪を拠点にするミュラリスト（壁画画家）</title>
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  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
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			&lt;td&gt;
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					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;span class=&quot;midashi&quot;&gt;美しい大阪を世界に発信したい&lt;br /&gt;
								「大阪ルネッサンス」へ向け、世界最大の壁画制作&lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;5&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_2.gif&quot;&gt;
												&lt;img height=&quot;1&quot; src=&quot;../../upfile/interview/spacer.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
											&lt;td&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																「KANSAIダイスキ」１５回目のインタビューを受けてくださるのは、ヒューズ ロジャー マシュー氏（ＨＲＭとして知られている。）である。&lt;span class=&quot;style3&quot;&gt;ＨＲＭは大阪を拠点として活動している壁画作家&lt;/span&gt;である。ニューヨーク生まれ、ハイチ育ち、そしてニューヨークの芸術大学を卒業。大阪での生活、仕事を始めて4年目。今やすっかり「自分の街」にしている。&lt;span class=&quot;style3&quot;&gt;世界のあちこちの都市にも作品はあるが、今は大阪を拠点におしゃれなカフェやワインバー、ロビーやレストランなどから依頼を受けて、作品を提供している。&lt;/span&gt;大阪でも高級感のあるトレンディーな地域のひとつである南堀江に広いスタジオとアトリエを持つ。芸術を中心にボランティア活動にも関わり、街に溶け込んでいる。日本語のホームページも必見。&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
											&lt;/td&gt;
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										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td align=&quot;right&quot; valign=&quot;top&quot;&gt;
												２００７年３月&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15c.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img height=&quot;10&quot; src=&quot;../../upfile/interview/spacer.gif&quot; width=&quot;24&quot; /&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15-09.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img height=&quot;1&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;5&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;b class=&quot;midashi&quot;&gt;「大阪は僕にとって地球で一番すごい場所のひとつだ。」&lt;/b&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15g.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								　ＨＲＭはニューヨークで生まれ、成長期の何年間かを両親の出身地であるハイチで過ごした。ニューヨーク芸術アカデミーより造形芸術の修士号（MFA）を、そしてファッション インスティチュート オブ テクノロジーよりファインアート（美術）の学士号（BFA）を得た。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;アメリカの有名なところでは映画俳優ロバート・デニーロのレストランの壁面を手がけるなど、世界的にも活躍してきたが、今は大阪、南堀江にアトリエとオフィスを構え、彼の生活と発想を刺激してくれる大阪に、どっしりと根を下ろしている。&lt;/span&gt;アトリエはまるで骨董店とマーディ・グラスのワークショップ、そしてルネッサンスの巨匠のスタジオを取り混ぜたような印象である。大きな木製の板が重ねられており、床には製作途中の作品が何枚もあり、ポットやチューブの絵の具がきれいに並んでいる。パリの石膏のロマネスクなオブジェや小像やその他人体や解剖学的なオブジェがある。彼の机の横には整体クリニックにあるような骨格模型がありちょっとびっくり。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　これらのいろいろな要素が取り入れられたディスプレイは、ＨＲＭのルネッサンス芸術への愛と、多文化な背景、そして、着物をまとう優美な舞妓の優美な姿、グリニッチヴィレッジのボヘミア精神、マディソンアベニューの斬新さ、広告、遠いエメラルドブルーの海、南国ハイビスカス、ハイチの宗教など、関わってきたものからのさまざまな影響が組み合わさっているかのように多岐にわたっている。&lt;br /&gt;
								&lt;img height=&quot;157&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15-03.jpg&quot; width=&quot;650&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　彼の壁画作品には、このような多岐にわたるスタイルの影響だけでなく、驚くほど様々な素材や絵の具を見ることが出来る。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「フレーム」でさえも、ＨＲＭは壁や天井には留まっていない。ガラスやエアコンの上にまでペイントし、作品にしてしまう。「実際エアコンの中を覗いてもらうと、僕がちゃんと中までペイントしていることがわかるよ。」と彼は嬉しそうに教えてくれた。&lt;/span&gt;こうした彼の仕事への取り組み方やその姿勢は、その偉業やる献身的な精神を一層際立たせるものである。&lt;br /&gt;
								　ＨＲＭは自身のスタイルをカフェ・オ・レのようだという。美術史の中に登場する伝統をドラマチックに複数に重ね合わせ、さらに強力に、しかし精巧なシンボリズムを駆使し、独特の世界を創り上げている。一つの作品の中に、偉大なヨーロッパの巨匠達、土の香りのするアフリカンペインティング、そして「地元」の日本の浮世絵などが共存し、さらには、ハイチの民話の香りもする。「まるでサラダを作っているみたいだよ。これをボールに少し入れて、あれを混ぜて、それで美味しくなる。」レンブラント、ミケランジェロのほかに、ＨＲＭは、アメリカのモダンアーティスト、チャック・クロース（大型の写実的肖像画家）を尊敬しているという。その他にも、彼が尊敬する人のは、ヴィンセント・デシデリオ（彼が学んだニューヨーク芸術アカデミーの教授）やケン・オオツカ（彼が学んだインスティチュート オブ テクノロジーの教授）など世界的に有名な芸術家だ。&lt;br /&gt;
								　さらに、素材の扱い方については、ＨＲＭは大変実用主義である。（これは「何でもあり」のハイチ文化から来ていると彼は言う。）炭、アクリル絵の具、油絵の具などが、一つの物体の輪郭を描くのに使われていたりする。立体感を出すためにセメントを使ったりもする。（ワインを絵の具として使ってみたこともあるそうだ。）そしてこれは彼がわざと高級ではない日用的な素材を求めているからではない。彼のブランド絵の具は、非常に貴重なものである。「僕は本当に高価な絵の具を持っているんだ。本当に上等の絵の具だ。オールドオランダのチューブ一本で２００ドル。色素の濃度が濃くて、８０％近く。このチュープは結構重いよ。」&lt;br /&gt;
								&lt;img height=&quot;157&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15e.jpg&quot; width=&quot;650&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;まだ３０代はじめにして、ＨＲＭは最近、新たな壮大なプロジェクトへの挑戦を始めた。それは世界で一番長い「本当の」壁画を制作することである。彼の見積りによると、これには縦約2メートル、横1メートルのパネルが非常に多く必要になるそうだ。そしてさらに驚くべきことに、彼はこの５０００枚のパネルを、全て「大阪の美」をテーマに描くというのだ。彼はこのプロジェクトを「大阪ルネッサンス」と名づけている。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
								　「僕はこの壁画を、そして大阪の美しさを世界中に見てもらうつもりだ。ニューヨークでもショーをいくつかやる。一つの作品を11メートル位の長さにして、それらの壁画はつなげられるようにする。僕は大阪の「宝物」を創るんだ。そしてその仕事こそが僕の大阪への愛なんだ。」このプロジェクトはまだ着手されたばっかりで、まだあと何千何百枚ものパネルを創作していかなければならない。当然ＨＲＭはまだまだ大阪に住み続けるつもりなのであろう。しかしそれは彼にとっては当然のことで、さらに彼は、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「僕はここに葬られたい。それ位大阪が大好きなんだ。たとえアメリカで死んだとしても、ここ大阪に戻して埋葬して欲しいと願っているんだ。」&lt;/span&gt;と言う。&lt;br /&gt;
								　ひとつの都市全体をテーマとして作品を創り出す為には、相当計画を練らなければならないだろう。彼は地元の図書館にも通って様々な調査をしている。「絵が描けるという能力だけでは充分ではない。作品に意味を込めるためには、ちゃんと調査をしないといけない。僕はいつも勉強している。人の話も聞くし大阪について学んでいるんだ。」そして彼はいう。「大阪の美しさを発見して、それをキャンバスに表現するんだ。」彼はモダンな建物にも、古いものにも美しさを発見する。「スカイビルや京セラドーム大阪は素晴らしいデザインだし、歴史について語れば大阪城も美しい。」&lt;br /&gt;
								&lt;img height=&quot;157&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15-05.jpg&quot; width=&quot;650&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　「姫路城にも行ったよ。世間では姫路城は大阪城よりずっと美しいと言うけれど、僕は必ずしもそうは思わない。みんな大阪城は一度は焼失したけど、姫路城はそのままだと言うんだ。だけどだからと言って大阪城が美しくないというわけではない。もちろん姫路城も美しい。超越した美だ。しかし大阪城の美が劣っているとは僕には思えない。夜、ライトアップされた大阪城の、素晴らしいひすい色を見たことがあるかい？・・・・京都にも2週間滞在して、寺めぐりをした。京都が大阪より美しいとも言い切れないんだ。それはまるで、鳥は一羽一羽独自に美しさがあるようにね。もし比べるなら、どの種類の美しさを言っているのか特定しないとね。・・・」&lt;br /&gt;
								　ＨＲＭの基本調査および発想は、個人的な観察から始まる。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「僕の目で見る大阪は、他の人の見る大阪とは違う。だから作品の中で僕の大阪を見せるのだ。」&lt;/span&gt;彼は、あまりに多くの人々が自分達の周りにある美しさを見失ってしまっているので、自分の使命の一つはそれを再発見させる手伝いをすることだと確信している。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「僕は大阪の美しさに気づいていない人たちに、大阪の美しさを伝えているんだ。そして知っている人たちもそのことを忘れないように。僕にとって大阪は世界中で一番素晴らしい場所の一つなんだ。僕の夢はハイチと大阪の架け橋を作ること。大阪でハイチのコーヒーやラム酒が楽しめるようにしたいな。だって、大阪の人たちがコーヒーを飲みながら友達や家族と楽しい時間を過ごすのを僕は知っているから。」&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
								　ＨＲＭは、その美を地元の自然、歴史や建造物に見つけるだけでなく、毎日の生活の中にも見つける。彼が何度も作品に登場させるテーマに、母子の絆がある。「僕はよく『ママチャリ』（ベビーシートと買い物かごを自転車の前後にくっつけた自転車）の話をする。はじめて見た時、感動したんだ。そしてこれを描きたいと思った。地元の人たちは多分そんなにママチャリを意識していないだろう。ここでは自転車が母と子の絆となっている。子どもは安心している。お母さんはできるだけスムーズな道を選んで行く。子どもは本能的にそのことを知っている。この子どもと母の絆こそが、僕がいつも留めておきたいもので、大阪の美の一つとして人々に見せたいものなんだ。」&lt;br /&gt;
								&lt;img height=&quot;157&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15f.jpg&quot; width=&quot;650&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　大阪のビジネスについてはあまり知らないとＨＲＭは語るが、これは彼の謙虚さの表れである。彼はビジネスの洞察力を、世界一流のインテリアデザイナー、トニー・チィから学んだに違いない。トニー・チィの手がけた仕事は、大阪ハイアットリージェンシーホテルのインテリアを含め、その仕事の幅は実に広く、国際的である。またアーティストやデザイナー、建築家をリンクさせるビジネスも行っている。ＨＲＭは、トニー・チィから多くのことを学んだことは明らかだ。&lt;br /&gt;
								　またＨＲＭは、自らの厳しい体験を通じて多くのことを学んだ。そもそも最初は「間違い」（後から思えばそれが幸いとなったのだが）から大阪にたどり着いたのである。ＨＲＭは最初北海道で発注のあったデザインの仕事の件で大阪に立ち寄ったのだが、それがうまく行かなかったのである。「うまくいかなかったんだけれど、そのことでもっと（日本で働くために）頑張ってやろうというやる気が沸いてきた。まるで捕まえようとした魚が指の間から逃げて行くようだった。捕まえられるとわかっている、少なくともそれが可能だと分っている。だけど、ビザ（滞在許可）を得るための資金が、手元に届かなかったんだ。だから自分で売り込んで、作品を見せ続けるしかなかった。僕はトライすることをやめようとしなかった。そして大阪から離れられなくなった。この街が僕を発奮させてくれたんだ。」&lt;br /&gt;
								　ＨＲＭのビジネスは、大阪、ひいては日本でどうすれば成功するかのモデルのようである。日本語もまだ流暢ではないのに、彼のまわりにはすでに、彼のことを信頼してくれるスポンサーやクライアントの輪ができている。（市長の関氏も彼の作品のファンなのだと彼はいう。）本当に言葉の壁は手ごわくはなかったようである。ＨＲＭの作品がその２階の壁や天井を埋め尽くしているサザンクロスカフェのオーナーも、英語は話せなくても、彼の特別な友達であり、人生の先輩でもあるという。そんな深い人間関係も築いているのだ。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「僕が初めて大阪に来たとき、日本語は一言も話せなかった。だけど人々は助けてくれようとする。大阪ではいつもそうだ。英語で話しかけようと努力してくれて、僕のレベルで向き合ってくれる。（日本に住んでいる）外国人の中にはそのようなことが（外国人が日本語をマスターできないという思い込みがあるから）偏見だと感じる人もいるようだ。和食の店に入ってお箸の代わりにスプーンを渡される時もそうだ。でも僕はそんな時いつも、これはより深い気配りの表れだと思っている。」&lt;/span&gt;色々な国のサービスの質を比べてみると、最近のアメリカへの旅行を基準にしてみても、日本人の気配りは別格だと彼は語る。「日本人は飛行機を発明しなかったかもしれないけど、日本の航空会社で旅すると、それはもう別世界だね。エコノミークラスでもファーストクラスみたいだ。日本人が旅に与えた影響は偉大だよ。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;table align=&quot;center&quot; border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;85%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td&gt;
												&lt;img height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15a.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
											&lt;td&gt;
												&lt;div align=&quot;right&quot;&gt;
													&lt;img height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15-11.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/div&gt;
											&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
								&lt;br /&gt;
								　現在ＨＲＭにはバイリンガルのアシスタントがいて、彼の言葉の壁を軽減してくれているが、彼の多彩なそしてプロフェッショナルな日本語のホームページを見ても、彼のプロモーションの姿勢が伺える。ホームページには彼の友人達やスポンサーもリンクが設置されていて、アクリル絵の具のスポンサーも2社ある。作品の大きさが部屋ほどもあり、絵の具をたくさん使うＨＲＭにとっては、これは大変な援助となっている。依頼を受けて壁画を制作するほか、彼は「Art-HRM アカデミー (AHA)」という、スクールも開いており、そこでは人体解剖の研究を通して描写を学ぶことができる。そして、そうした活動の中では、彼のカラフルなアトリエが創造力を刺激する。また彼の様々なプロモーションツール、ポストカードやリーフレット、色・素材見本なども美しくデザインされ、高品質の印刷をされている。（彼の名刺は、開くとミニチュアのポートフォリオになる。）彼は日本のマーケットが高い品質を好むことをよく知っているのだ。&lt;br /&gt;
								&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15d.jpg&quot; width=&quot;188&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								　そうした上手なマーケティング手法を活かして、彼は大阪ルネッサンスシリーズの最初のパネル数枚を、大阪でも最も目立つロケーションで披露した。彼が強力なモチーフとして使うものに「銀杏」がある。銀杏は大阪の樹であり、御堂筋の両脇に4キロにわたって続く銀杏並木は有名である。その御堂筋で、彼はそれらの作品を公開したのである。彼は決してパフォーマンスアーティストではないというが、その作品披露の手法はとても変わっていた。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;―――彼が「HRM Lift Off」と称する手法だ。イベントの前に、彼は作品を水彩絵の具で塗りつぶしてしまったのである。そして熱狂的な観客が拍手喝采する中、彼は作品にホースで水をかけ、その下に隠されていた作品を披露したのである。そして彼は、その瞬間を、作品誕生の時とした。それらのパネルは後日タッチアップされ見事な作品として完成されている。&lt;/span&gt;実際にはＨＲＭは観客なしで静かに一人で描くことが好きであるが、このようなやり方で公開すると、メディアの注目を浴び、大阪をプロモートできること請け合いである。ＨＲＭ自身が認める認めないに関わらず、ショウマンの才能が彼に中にあることは確かだ。それは彼の服装にも反映しているのではないだろうか。彼はこのインタビューにも、お洒落なウエストコートに色鮮やかなスカーフ、上品な燕尾服で登場してくれた。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;180&quot; src=&quot;../../upfile/interview/15b.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								　ブランドとしてのＨＲＭの認知度を高めることと、地元のコミュニティーに交わることとを巧みに調和させながら、彼は存在している。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「ある土地に暮らして、その場所をもっと暮らすのに良い場所にできなかったら、そんな生活は意味がない。・・・何か社会のためにやらないと。人生は短いんだ。」&lt;/span&gt;彼は地域の通りを清掃するＮＰＯの積極的なメンバーでもあるのだ。彼の才能を活かして、歩道に自転車を止めないようにと呼びかけるポスターもデザインした。時には筆を置き、ほうきを持ってゴミ拾いもする。「たとえ毎日そうじしたとしても、僕にたくさんのものを与えてくれたこの街に恩返ししきれないよ。」&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「人は僕のことを『外国人』と言うかもしれない。僕は外国人ではない。大阪人なんだ。ここは本当に僕の居場所なんだ。」&lt;/span&gt;とＨＲＭは言い切る。&lt;br /&gt;
								　しかしながら、今、彼は、ある大きなジレンマに陥っている。大阪のテーマで制作する非常にたくさんのパネルを、一つの作品が１１メートルもあるものを、どうするかである。もっともっと広いスタジオ、または倉庫も必要になるだろう。皮肉なことに、それはおそらく大好きなにぎやかな街から離れ、どこか田舎に引っ越すことを意味する。でも、もし彼のパネルをたくさん展示できるほど大きなアトリエを手に入れることができれば、そこはきっと、大阪の新名所となるであろう。お母さんと小さな子ども達のための「ママチャリ」サイクルコースなども備えてみてはどうだろうか。そうなったら大阪のプロモーションに更なる貢献をすること間違いなしである。&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								　インタビューを終えた後、KIPPOにヒューズ・ロジャー・マシュー氏(HRM)から世界最大の壁画制作についてのコメントが届きました。&lt;br /&gt;
								　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「私には世界最大の壁画を創ろうという考えがあり、それはこれまでずっと変わらなかったし、これからも決して変わることはありません。完成させるには、膨大な数のパネル制作が必要であり、とてつもない時間がかかることは間違いないでしょう。時間をかけることは大切だと思います。というのは、パネルの数の多さよりも、作品のクオリティーの高さの方がはるかに重要だと思うからです。何があっても世界最大の壁画制作はやり遂げたいと思っています。完成すれば、それはこれまで誰も見たこと無いようなものになるはずです。ありったけの思いを込めて、デザインし、組み立て、彩り、創り上げます。私はすでにその思いを作品にぶつけています。大阪への深い愛情を注ぎ込んで。」&lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;
&amp;nbsp;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-08-04T08:58:28+09:00</dc:date>
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 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>関西在住　フォトジャーナリスト・通信員</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_29.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img height=&quot;1&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;4&quot;&gt;&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;/font&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_2.gif&quot;&gt;
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											&lt;td&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																今回は関西在住のオランダ人フォトジャーナリスト、キールド・ドゥイツ氏が、彼の&lt;span class=&quot;style3&quot;&gt;人生を変えた地震体験、大阪のヒップなバックストリートのファッションへの情熱、祭り（特に地方の）に魅了される理由&lt;/span&gt;などを熱く語ってくださいました。人生の中で、これだけたくさんの秘めたエネルギーを体感されてきたドゥッツ氏は、今、お遍路さんとして四国八十八ヶ所参りをやり遂げるのを楽しみにしておられるそうです。インタビューを経てこのことも何故か納得できてしまいました。&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
											&lt;/td&gt;
											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_3.gif&quot;&gt;
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										&lt;tr&gt;
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										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td align=&quot;right&quot; valign=&quot;top&quot;&gt;
												２００５年１１月&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-1.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
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			&lt;td&gt;
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		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
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					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;b class=&quot;midashi&quot;&gt;関西の秘めたエネルギー：構造プレート・ストリートファッション・祭りアクロバット&lt;/b&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								１０年前の１月１７日の夜明け前、港町神戸を近年まれに見ぬ大地震が襲いました。沢山の家屋やビルがまだ多くの眠っている人たちの上に倒壊しました。ガスパイプが破損し、火災が発生し、伝統的な木造家屋が立ち並ぶ地域では、全てが灰と化し、古い寺もオフィスビルも、陸橋も港のクレーンも、おもちゃのように破壊されてしまいました。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-4.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								この大惨事の中、倒壊した家の中から這い出て来たのがオランダ人の教育者、キェルト・ドゥイツ氏でした。関西に住んで１２年、大阪に語学学校を経営していた彼は、ちょうど新しい試みとして、第二、第三カ国語習得のための新しいテクニックを開発している最中だったそうです。「何ヶ月も費やして新しい語学学習のシステムをデザインしていました。そこに地震がやってきて、私の家の中の壊れるものは全て壊れてしまった。辺り一面悲惨な状態でした。隣の家の女性を掘り起こして助けるのを手伝いました。彼女は大丈夫だったけど、もう一方の隣人はだめだった。個人的に付き合いのあった七人もの人が亡くなったのです。あの日、恐ろしい光景を沢山見ました。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;何かしなければと思ったけど、素手でコンクリートを掘り起こすことはできない。でも一つだけできることを見つけました。それは外の世界の人たちに&amp;lsquo;伝える&amp;rsquo;こと。&lt;/span&gt;オランダの新聞や雑誌、ラジオやテレビに地震の報告を流しました。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								何年にも渡り日本でビジネスが成功して来たのにもかかわらず、彼は突然、仕事も収入も何もかも失ってしまい、「またゼロからのスタートか。」と思ったそうです。しかし、実は彼本人が気がついていなかっただけで、もうその時すでに新しい仕事が動き出していたのです。「まさに地震が私の背中を押したんだ。」これまでの「人生」という大学で学んだジャーナリズムとニュース写真について、彼にはすでに相当の技術があり、さらにHTML(インターネット用語)も独学しました。次に彼に必要だったのは、地震以外のトピックを見つけることでしたが、あらゆるものに興味のあるドゥイツ氏にとっては、それほど難しいチャレンジではありませんでした。そして彼は日本に関するあらゆることを書き始めたのです。日本の歴史、政治、文化、社会問題・・・自分の祖国、オランダのことより深く関心を持って取り組んだそうです。今日もその仕事は、&lt;a href=&quot;http://ikjeld.com/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://ikjeld.com/&lt;/a&gt;（英語）で継続されており、&lt;span class=&quot;style1&quot;&gt;彼は自信を持って、彼が西日本唯一の外国人通信員であると語っています。彼は大半の日本のニュースが東京発信であり、このことが日本のイメージをゆがめて海外に伝える結果となっていると感じています。 &lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								キェルド・ドゥイツ氏は幼少のころ、アムステルダムの近くの小さな町に住んでいて、遠い国の冒険物語を読み、外国に探検に行くことを夢見るような少年でした。オランダで通った高校は１９世紀後半に政府によって創立されたもので、その原型は貿易学校でした。そこでは近隣の国々の言語や、海外との貿易に必要な知識を教えていましたが、これが若いドゥイツ氏に良い影響を与えたようです。１９歳で、彼は自分の夢を叶えようと思いたちオランダを出発。まずドイツに住み、続いてイタリア、ギリシャ、ハワイへと移り住みました。その国で出会った人々の影響を受けて、次にどこに行くかを決めるような生活で、ハワイに行ったのも、日本に来て関西に住むことになったのもそのようなご縁に導かれた運命だったようです。言語脳力と、ビジネス能力を活かして生活しました。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-2.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								彼は、「本当に人間に興味があり&amp;lsquo;どうしてあの人はあんな行動を取るのだろう&amp;rsquo;というような心理面のことを考えるタイプだ」と自分を分析しています。しかし、他のどの国よりも、日本人は彼にとってチャレンジだったと言います。ご近所の彼に対する友好的で前向きな姿勢は嬉しかったそうですが、同時にそれは「ほとんどナイーブとも言えるほどで、日本人特有のユニークな性質だ」と感じていたそうです。また語学について日本人は、文法のルールを一生懸命学ぶのに、使おうとしないということに気付き、１９９４年ごろ語学習得の新しいシステムを開発しようと思い立ったのです。彼の大きな蔵書コレクションの中には伝記も沢山ありますが、本立てのあるセクションは心理学の本、そして日本に関する本で埋め尽くされています。日本人の人間関係を理解する上でドゥイツ氏推薦の本は何と土井健郎の「甘えの構造」です。例えば、彼が始めて日本に来た時、彼は日本人のファッション（流行）の背景にある「グループ意識」の強さに驚いたと言います。ヨーロッパではそれとは対照的に、ファッションは個性を表現するものであり、「高校時代は私も衣服に興味を持ち、ユニークな服装をしていた。」そうです。「１９８２年（日本では）オリジナリティーやクリエイティビティーがありませんでした。」実際にファッション業界は、欧米スタイルのファッションを金髪の外国人モデルで広告やポスターでプロモートしたり、白人をイメージさせるマネキンを使用したりしていた時代です。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								それから１０年が過ぎ、色々なことが変わりました。神戸の奥底に秘められていたエネルギーが地震のように噴出し始めました。関西初め日本の都会で若者文化が動き出しました。経済が低迷していたのにも関わらず、そして短期で単純な仕事で満足する「フリーター」の出現により、（これは伝統的な終身雇用のサラリーマンを望む人が多かった時代とは全く対照的）いくつかのショッピングストリートは「歩行者天国」と化しました。新世代の人たちは自分達の作った衣服を通して自己主張をしようとし始めました。ドゥイツ氏は、「災い転じて福と成す」という状況だと感じたと言います。アパレル会社が最新のモードを大量生産しようとすると、もうすでに流行が移っているという状況になり、「沢山のトレンドが同時に発生している。」状態になったそうです。このようなストリートファッションの爆発は、大阪、特に心斎橋の近くのアメリカ村で最も強烈に起こりました。アメリカ村は１６歳から２２歳ぐらいの若者文化の溢れるバックストリートで、カウンターカルチャーミュージック店、古着屋、ブティック、その他少数派やマニアの店、カフェなどが立ち並びます。最近までは大阪ではこの地域だけに「落書き」が見られたものです。（但し、きちんと決まった壁面部分に描かれ、若者の反抗のはけ口というより、アートとしての表現の場としてです。）アメリカ村は関西の秘めたエネルギーが噴出したところと言えるでしょう。（東京ではここに匹敵する場所は有名な原宿です。）&lt;span class=&quot;style1&quot;&gt;「アメリカ村で、若者はアメリカ製の古着を買いますが、そのコーディネーションがとても日本的なのです。輸入された衣服に、日本的美的感覚が加わり、どんなヨーロッパ人もしないようなカラーコンビネーションが生まれたりします。このような配色感覚は、着物やゆかたの影響からきていると思います。」&lt;/span&gt;と彼は説明します。またドゥイツ氏は、スタイルによって異なる&amp;lsquo;種族&amp;rsquo;を見つける法を心得ました。「若者は政治や社会思想を訴えるためにそういう服装をするわけではなく、特定のグループのアイデンティティーとして特定のスタイルの服装をしているのです。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								伝統的にファッションデザインやグラフィックアート能力は東京に引っ張られがちですが、関西の誇れる全く新しい風が、アーティストや『スマイル』と呼ばれるデザイナーグループの人たちによって開催されるファッション「ハプニング」により、吹き始めました。「関西では本当に色々なことが起こっているんだけど、隠れているのです・・・『関西アバンギャルド』というか・・・」とドゥイツ氏は熱っぽく説明してくれました。知る人とぞ知る、関西だけのファッション雑誌も存在するそうです。まだまだ一般的には関西のファッションというと、神戸を連想する人が多く（神戸にはファッション博物館もあります。）、百貨店やブランドアウトレットは「若い働く女性や主婦」に限定されている感がありますが。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-6.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								もう一箇所ドゥイツ氏がカメラと共によく出かける場所は「大阪のグリニッジビレッジ」と呼ばれている南堀江です。若い関西のアーティスト（イラストレーター、グラフィックデザイナー、画家など）がたむろする&amp;lsquo;ディグミーアウトカフェ&amp;rsquo;があります。ディグミーアウトカフェは地元のラジオ局FM８０２が始めたもので、関西のインディペンデント（独立）アーティストの発信地となっています。また地元で展覧会を開いたり、アーティストを世界にプロモートしたり（最近ではアメリカ、オレゴン州でショーを行った。）、積極的でユニークなプロモーション活動を行っているそうです、例えばディグミーアウト独自の雑誌には、できるだけ沢山のアーティストが表紙に取り上げられたと言えるように、表紙が何ページもあったり&amp;hellip;.。（「日本、大阪発グローバルヤングアートコネクション」についての詳細は、&lt;a href=&quot;http://www.digmeout.net/&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.digmeout.net/&lt;/a&gt;を参照。）ドゥイツ氏の友達も沢山おり、彼の家には彼らの作品があります。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								２０００年ごろには海外のプレスも日本の若者文化の噴火を積極的に伝えるようなりましたが、ドゥイツ氏はそのころには、また新しい道を見つけていました。２００２年１１月１１日（ごろの良い、２２．１１．１１です。）熱いアーティストの仲間と共に、「Japanese Streets」というウェブサイトを立ち上げました。日本の、熱く、新しく、ダイナミックな情報を海外のファッション業界に提供（ビジネス、個人向けに）する窓口を作ったのです。その編集長および写真家として、ドゥイツ氏が大半の内容を自分で提供しています。「どんなファッション、どんなことに注目したらいいか、私が方向を示します。消費に関するデータもあるので、マーケティングリサーチだってできますよ。」と彼は言います。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								過去の戦争のしがらみに囚われない世代の人たちの中で、新しいプライドが生まれているとドゥイツ氏は語ります。&lt;span class=&quot;style1&quot;&gt;「若者はやっとまた、ゆかたを着て、日本人であることを楽しみ始めてますよ。」&lt;/span&gt;この自信はファッションだけに留まらず、この若者文化のあらゆる側面に現れていると言います。&lt;span class=&quot;style1&quot;&gt;「アニメ映画や漫画、ストリートアートなどにもそれが見て取れます。」&lt;/span&gt;そう言って彼は、伝統的な&amp;lsquo;ダルマ&amp;rsquo;に奇抜な色を塗ったものやら、いくつかの面白いアートオブジェを見せてくれました。「ジャパニーズストリーツ」（日本の通り）というサイトの名称もファッションを超えて取り組めるようにしているそうです。このサイトは今や毎月１０万以上もの検索があり、このサイトの一部であるメンバーフォーラムには、２０００近くのユーザーが登録、４０００もの写真のアップロード提供、２３０件の検索を誇っています。このサイトが影響を与えていることは、このフォーラムだけで１万５千件ものコメントを集めることでも実感できると彼は言います。このサイトは２００３年、名誉あるウエビー賞（インターネットのオスカー賞といわれている）にもノミネートされました。「宣伝広告は全くしていないので、これは全て口コミの成果です。」とのこと。ゼロからのスタートを強いられてから、今ではこのサイトの稼動のために沢山の仕事により十分な利益が生まれているそうです。余暇の過ごし方を質問してみました。「ジャーナリズムが私の人生だから。それでたまたま収入を得ているだけです。」と、ドゥイツ氏は実に満足そうに答えてくださいました。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-3.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								ドゥイツ氏は本も執筆されています。出版されたものもあれば、まだ未公開のものあります。その中の一冊に、日本の祭りを書いたものがあります。「関西が大好きになったもう一つの理由は、１９９５年、生まれて初めて日本の祭りに行ったことなんです。最初に京都の「時代祭り」に行きました。」これは時代衣装に身をまとった２０００人の人たちの優雅な行列で、毎年１０月に行われます。日本の他の地域と比べても、京都の葵祭り（５月）、大阪の天神祭り（７月）、奈良の万燈篭（８月）、徳島の阿波踊り（８月）など、関西には大きな祭りが多いようです。彼はこれまでに１００以上ものお祭りに行ったそうです。「とにかくとても面白くて、魅力的で、エネルギーに満ち溢れている。」岸和田のだんじり祭りの荘厳なエネルギーが圧巻だったそうです。（岸和田のだんじりは、パレードというより、スペイン、パンパローナの牛が通りを駆け抜けるダイナミックな祭りに近い。）「滋賀や岐阜に行けば、馬で競争する祭りがあり、男達がサーカスよりすごいアクロバットを見せてくれるんです。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								田舎の「あまり有名でない」小さな祭りが特に楽しいそうです。このような祭りの中にも彼は関西の秘めた力を発見したと言います。町は観光客を集めるために、宣伝されすぎで「町の根っこは取り除かれてしまっています。」（彼は「引っこ抜かれた町」というタイトルで記事を書いていました。）古い場所が大好き。「田舎に行った時、日本はまだ何て美しいんだろうと感じました。」歴史ある町並みについてもそうです。「京都の嵯峨野や奈良が大好きです。嵐山には沢山人が行きますが、嵯峨野はほんの２０分くらいのところなのに、未だ江戸時代の東海道の景色を思わせます。１００年、２００年前の日本がどんなだったかが想像できるようなのです。」&lt;span class=&quot;style1&quot;&gt;日々モダンな都会の若者文化を追いかけているにも関わらず、ドゥイツ氏は歴史を大切にしています。「どこから来たのかわからなければ、どこへ行くのかわからない。」しかし、前にも彼が述べたように、彼は、それがたとえ無意識にそうであったとしても若者は歴史としっかりつながっているのだということを悟っていると確信しています。&lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/14-5.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								関西の持つさまざまな秘めたエネルギーを紹介したり発掘したりするドゥイツ氏の次なる大きな冒険は&amp;lsquo;渋い&amp;rsquo;ものなようです。「いつの日か遍路をやり遂げたい。」（四国八十八箇所の霊場などを巡礼すること。）「数ヶ月前に少しやってみたんですが、帰ってきて非常にリラックスできたんです。山の中の道を寺から寺へ歩きましたが、車もなく、ただ本物の田舎がありました。外国人もたくさん来て、丸々一ヶ月を過ごします。」これも関西のしっかり隠れた良さ、穴場なようです。（エネルギーというより、魂という感じだが。）「お遍路さんは本当に良いので、もっと宣伝されるべきだと思います。（いや、やっぱりすべきでないかなあ！）」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								自分が体験したことを全て記事にしてしまうドゥイツ氏のこと、きっと間もなく八十八箇所の寺の写真ギャラリーのウェブサイトを立ち上げるのでしょう。そのタイトルは今度は「ジャパニーズパスウェイズ」（日本の古道）で&amp;lsquo;お洒落なお遍路さん&amp;rsquo;をインタビューし、古来の寺紋に創造力をかき立てられたアーティストとリンクするのでしょうか。海外のファッションハウスも目が離せないスペースになりそうで、楽しみです。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>東アジア建築都市研究所所長</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_28.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
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								&lt;p&gt;
									&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;br /&gt;
																「Kansaiダイスキ」の今回のインタビューは建築家で都市デザインも手がけるグンタ・ニチケ氏である。ドイツ出身で１９６１年に初めて来日し、京都に長年暮らしているニチケ氏は京都やその近辺に三つの住所を持つ。一つ目は上京区河原町通丸太町上ル出水町にある東アジア建築都市研究所。&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
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										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td align=&quot;right&quot; valign=&quot;top&quot;&gt;
												２００４年１１月&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/13-1.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
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				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
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					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								「Kansaiダイスキ」の今回のインタビューは建築家で都市デザインも手がけるグンタ・ニチケ氏である。ドイツ出身で１９６１年に初めて来日し、京都に長年暮らしているニチケ氏は京都やその近辺に三つの住所を持つ。一つ目は上京区河原町通丸太町上ル出水町にある&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;東アジア建築都市研究所&lt;/span&gt;。「研究所」のイメージとはかけ離れた伝統的な木造の家屋が立ち並ぶ古い町並みの中にある。住所を教えられてもこの間口が一部屋分しかない独特な細長い建物の場所はわからないだろう。近所ですべての住人の名前も載っている住居地図をもらうのが一番である。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/13-book1.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;道に迷いながら苦労してたどりつくほうが、この研究所の訪ね方にピッタリ&lt;/span&gt;かもしれない。なぜなら、所長のグンタ・ニチケ氏は、創造性に富むアイデア豊かな都市デザイナーで、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;我々が持っている従来の「場所」や「論理」に対する概念をずっと疑問視している人&lt;/span&gt;だからである。ひょっとしたらその研究所はニチケ先生が彼のアイデアの世界へ入っていく儀式を訪問者に体験させるためにわざとそんな見つけづらい場所に開設したのかもしれない。｢この瞬間に日本の人口の五分の一の人が目的地にたどり着けず道に迷っている｣と彼は冗談のように言いながらも「間違いない！｣と断言する。ニチケ氏のユーモアセンスとは対照的に彼の著書「The Silent Orgasm ? From Transpersonal to Transparent Consciousness」等にはアジア的思考に通ずる六十年代の自由なアカデミズムに触発された彼の学問的関心が見て取られる。チベットの曼荼羅、コンペティションのポスター、デザイン関係の蔵書、建築関連の書類、日本庭園やインテリアの写真、そしてご自慢のハセルブラッドのカメラと様々なヅァイスのレンズ。事務所には彼の関心事や歴史を象徴するものに溢れている。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								ニチケ氏を訪問すると日本ではおきまりの名刺交換よりも先に一杯のジンジャーティーがバラバラのタイプのカップに注がれてふるまわれる。このジンジャーティーの作法は、考え方や文化から予測される人間の典型的な行動パターンに対する上品な挑戦状のようにもみうけられる。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								京都は日本古来の儀式的な宮廷生活から受け継がれた日本独特の作法の集積地であるが、伝統的でない考え方や新しいライフスタイルに対しても非常に寛容である。これほど多くの寺が存在するにもかかわらずニチケ氏は非仏教徒としての居心地の悪さをこの地で感じたことはない。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;このように寛容性が高いのは日本には宗教的束縛がないからだと彼は考えている。このことが京都を学問追求にふさわしい場にしているのだ&lt;/span&gt;。(その証拠に京都では多くの会議が行われている。)　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢新しい思想の形を見つけようとカトマンズを訪れる人はいます。ではどうして京都ではいけないのでしょう。同じことが京都にも言えるはずです。｣&lt;/span&gt;と、彼は続ける。｢&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;六十年代のビート世代の芸術家はこぞってよく京都へ来ていました。&lt;/span&gt;実際に私は最初の家をビート世代の偉大な詩人ゲイリー・スナイダーを通じて、この京都に買いました。｣(｢ビート世代｣とは主に戦後生まれの西洋文化の伝統を捨て、衣服や行動の慣習的な規範を否定した芸術家の一団のことをいう)。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/13-2.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								｢ありきたりなインタビューはやめましょうよ。｣日本にもうどれくらいおられますかという問いにニチケ先生はこう答えた。そんな彼の言葉は、確かにありきたりのものではなかった。「我々が普通に生きている人生はちょっと退屈ですよね。だから&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;私は二十歳のころ２つの人生を平行して生きられないかと考えたのです。&lt;/span&gt;私は今まで同時に数々の機関で働いてきました。だから私がある所で十八年間いたと言えば、つまり私は九年だけそこにいて、他の九年はどこかほかの場所にいたということなのです。」実際に彼はロンドン、ニューヨーク、カリフォルニア、東京、ボンベイで生活し仕事をしてきた。またチベットや中国、その他の秘境と呼ばれる場所で長い期間滞在している。彼が居たというすべての場所とその期間を計算すると彼は約百二十歳なってしまう。&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								ニチケ氏がドイツを出国したのは１９５７年、まだ十代の頃である。彼はもうベルリンを自分の故郷と感じていないと言う。自分の故郷は今では心の中だけにあるという彼は、故郷の概念を「文化的催眠」であると説明する。｢京都精華大学の私の同僚たちはいつ私が国に帰るのか尋ねてきます。彼らには「故郷」があることが普通なのです。｣彼はまた&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;そうした故郷観には日本特有の傾向が見られると指摘する。｢アメリカ人でそのような質問をする人はいません。｣と言うニチケ氏にとってはこの様な文化に縛られた思考の比較がメインテーマなのである。&lt;/span&gt;「魚は実際には水の存在に気づいていないでしょう。私たちは皆あるひとつの文化背景の中で生まれたことでその文化による催眠暗示にかかっているのです。私は自分の文化背景をヨーロッパ、アメリカ、インド、日本などに住むことで三回変えました。催眠を断つことが目的でした。もしお釈迦さまにどこにお墓を作って欲しいかと尋ねたらきっと彼はただ笑ったでしょう。物事の理解には他にも様々な水準が存在するのです。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								そんなニチケ氏だが&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本には特別な親近感がある&lt;/span&gt;という。｢四十代のとき一度日本に来たときは、まるでデジャブ（既視体験）のようでした。私は小さな村へ行き、そこのそば屋で故郷に帰ってきたように感じました。私がかつて慣れ親しんだ匂いとまったく同じ匂いがしたのです。｣　彼は日本の食べ物の話をするのが大変好きである（京都は旬の食材を使った数々の手の込んだ懐石料理で有名である）。「これは&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;ディテールと四季への強い想い&lt;/span&gt;だと思います。日本人が他の国の人より特別に季節を大切にしているわけではありませんが、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;四季折々のものから創り出したものを芸術として表現することは古い文化だけが持つ繊細さが成せることなのです。&lt;/span&gt;」　この｢繊細さ｣は彼が賛美する日本女性の特質でもある。彼の妻は日本人で、彼の挑戦的なアイデアに必要なバランス感覚を与える存在である。またニチケ氏は日本人の親切さや寛容さを賞賛し、感謝している。｢彼らの心が伝わります。これは歳をとって病院へ行くことも増えたような頃に特に実感するものなのです。｣と彼は言う。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								ではなぜ京都に腰を落ち着けたのか。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢日本文化の中心は京都だから。｣&lt;/span&gt;彼の答えはいつになくシンプルだった。確かに京都は、彼のインスピレーションの源の一つである。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;１９９８年国際コンペ　「２１世紀・京都の未来」では優秀賞を受賞&lt;/span&gt;している。この作品は１１世紀に書かれた最古の小説であり、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;京都の最も有名な文化遺産の一つである｢源氏物語｣&lt;/span&gt;（光の君（貴族）を取り巻く数々のロマンスが京都の宮中を舞台に繰り広げられる物語）に着想を得て制作された。ニチケ氏の受賞作品のタイトルとなった&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢京の夢浮橋｣&lt;/span&gt;は源氏物語の最終章にちなんで名づけられた。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢夢の中で歩くことは私にとってとても興味深いイメージです。人生は今日から明日、ここからあそこ、この生から次の生の間をつなぐ道のようなものであると紫式部（物語の作者）は考えていました。｣&lt;/span&gt;　彼は作品デザインで鴨川に架かるそれぞれの橋には劇場橋、子供橋、科学橋などその近辺にちなんだテーマを授け、京都にある四十八の橋を百年の期間をかけて再建築することを提案している。「これらの橋は大きな夢で作られています。またこの橋は私の仕事のテーマであるとも言えるでしょう。このテーマは学位や出生証明書とともに私に与えられたものではなく、私のために生みだされたものなのです。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/13-3.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								ニチケ氏は日本の伝統的なデザインを非常に高く評価する一方、彼の生徒が西洋のデザインを盲目的に崇拝し、日本のデザインをないがしろにしていることを嘆く。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;彼の好きな京都の建物の一つは桂離宮である。｢これは非常に堂々とし、かつ計算された建物です。｣&lt;/span&gt;　彼は｢畳｣と｢間｣（基本的に約1.8メートルの区間）という単位の組合せによってこの建物がどのようにデザインされたかを説明してくれた。また、この畳と間の組合せによる建築システムは熟練の技と娯楽を土台としていたため結果的にそこから出来たものはその本質的な不完全さからくる常にリラックスした面持ちと、洗練された面持ちを併せ持っていると語った。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「この不完全さはとても平和的な印象を与えるもので、このような美しさを西洋では未だに実現できないのです。｣&lt;/span&gt;　彼はこれがドイツの機械を使ったモジュラーシステムへの｢産業的｣アプローチとは対照を成すものであり、ドイツのそれはただ退屈な空間技術を完成させただけであると語った。&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								ニチケ氏は日本建築の伝統的形式だけを賛美しているということではない。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢安藤忠雄は私の好きな建築家です。大阪の下町の喧騒の中で生まれながら、彼の生み出す空間は無垢で透明なのです。奇妙な矛盾ですね。｣&lt;/span&gt;　安藤忠雄は周辺の環境との調和を尊重しつつ、打ちっぱなしのコンクリートやガラスを用いて最小主義的でありながら堂々とした建物を造り出す。｢日本人建築家で、今も話を交わす間柄なのは、安藤氏くらいですね。｣&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								大阪は関西で最も大きい都市であり、巨大なショッピングモールやレストランが立ち並ぶ活気あふれる街だ。そして大阪が京都と著しく対照的なのはその都市デザインであるとニチケ氏は率直に指摘した。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「明治時代以降大阪は顔となるシンボルをなくしてしまいました。かつては運河に多くの橋が架かるベニスのような所でした。」&lt;/span&gt;少し不満気にニチケ氏は言った。「そこで私は今行っている梅田北ヤードの再開発の中でJRの保有する空き地に&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;｢笑いの湖｣という巨大な湖を作ることを提案しました。&lt;/span&gt;」　これは大阪がユーモアを愛し、日本で最も人気のあるお笑いタレントを次々に生み出す地域として有名なことに関連させた提案であった。しかし、ニチケ氏曰く、「さすがにその案はボツになってしまいましたけどね。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								また、ニチケ氏は大阪の航空写真を見た際に発見したことについて語ってくれた。｢大阪の上空から見ると、あちこちに緑地があることに気付きます。これらの緑地は鎮守の森や町の神を祭る神社で、至る所に見られます。｣ニチケ氏の発見は彼のもう一つの関心事である&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「祭り」&lt;/span&gt;につながっていく。１９７０年代に彼は｢祭り｣についての論文を書いている。彼は祭りを&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;宗教的な行事というよりも町や区のような都市の小さな単位で行う社会的な祝い事であると考える。&lt;/span&gt;｢祭りの場合&lt;b&gt;、&lt;/b&gt;神は神社から神輿に乗せて持ち出され、その土地を祝福するためその区域の周辺をめぐります。｣　彼は祭りで神輿がめぐるルートからその町の隠された地区の区分けを示す地図が明らかにされると考えている。「そうするとパリの路地やトラファルガー広場に通じる商店街などに慣れすぎた&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;人の目には判然としない｢秩序｣が見えてきます。&lt;/span&gt;日本にはそのような判然と秩序だった景色はまったく存在しません。京都の市役所は駐車場で取り囲まれていますし。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								だが、この隠された地図にはどうしてそれ程秩序に欠けているのだろうか。ニチケ氏はすぐ近所の場所を引き合いに一つの例を示した。｢出水町では町の一部分が明治時代に再区画により他の町に移されたのですが、現在でも祭りでは神輿が迂回をして橋の向こうのかつて町の一部であったところまで担がれていきます。｣ 京都では、こうした区画整理によって、番地制度が実態にそぐわない廃れたものになってしまい、今では、西洋人観光客が１０番地と１２番地は隣り合っているものなのだと思ってしまうほどである。ニチケ氏は次のように例える。｢駐車場で隣の車のナンバープレートを見るようなものじゃありませんか。単に登録番号ということだけで隣の車の番号とは何の関係もないんです。｣&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/13-4.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								話題は先ほどの文化的な規範に戻った。ニチケ氏は都市の組織構成（文化による催眠の種類によってはその欠如の場合もある）は&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本人が自分の居場所をグループの中の位置づけと関連させて把握することと深い関係がある&lt;/span&gt;と考えている。｢これは、スペース（空間）というもののとらえ方の違いなのです。かつては五百人位しかいなかったような｢町｣の中にその一員として入り込んでいって姿をなくしている状態なのです。このような状態はヨーロッパでも中世の頃にはおそらく存在していたと思われますが、日本では今でも存在し普通に受け入れられているのです。ヨーロッパでは人々を個人として扱う独特の仕組みである座標システムがあります。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;自分の存在をグループの中に認識するか独立した個人として存在すると認識するかは、いわば、それぞれ別の催眠で、とても強いものです。&lt;/span&gt;｣&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								ニチケ氏は少なくなったジンジャーティーを注ぎ足してくれた。彼は京都の魅力と京都が彼に与えてくれるインスピレーションについてまだまだ話したいことがたくさんあるようだった。また、日本では至る所にある喫茶店の魅力についても触れた。外国へ旅行した後は特に座ってくつろげる場（雑誌や時には漫画なども無料で読ませてもらえる）を与えてもらえるありがたさをいつも感じるという。漫画は読まないにしてもニチケ先生はこのような寛容さに溢れたサービスを楽しんでいるに違いない。彼は情熱的に語り、議論し、彼の夢の浮橋を渡りながら挑戦を続ける。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								グンタ・ニチケ氏はADやBauwelt、Bauen &amp;amp; Wohen、Daidalos、建築文化、SD Space Design、京都ジャーナル等の雑誌に歴史や批評に関する数々の随筆を書いている。この中でも最も有名なのは「EKI - The Metabolists of Japan」（１９６４年AD１０号に掲載）と「The Japanese Sense of Place」（１９６６年AD３号に掲載）、「The False Prophets」（１９６６年SDSD２、３、４号に連載）、「SHIME - Binding / Unbinding」（１９７４年AD１２号に掲載）である。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								彼の著書には「the Architecture of the Japanese garden - Right Angle and Natural Form 」(１９９１年Taschen（ケルン）社)、「From Shinto to Ando - Studies in Architectural Anthropology in Japan 」（１９９３年Academy Editions （ロンドン）社）、「The Silent Orgasm - From Transpersonal to Transparent Consciousness 」１９９５年Taschen（ケルン）社)がある。 目下ニチケ氏は京都の町の歴史の枠組みにおける京町屋（京都の伝統的な集合住宅）の文化についての研究論文、並びに詩人シド・コールマン氏との日本庭園に関する共著「Kyoto - at any moment now」の執筆準備に取り組んでいる。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>立命館大学文学部・常勤講師</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_27.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																KANSAIダイスキの第１２回目にご登場いただくのはイタリア、シチリア島のパレルモご出身で立命館大学文学部・常勤講師、また西宮市内で空手の道場も開いておられるというアンナ・ルッジェリさんです。&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
											&lt;/td&gt;
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										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td align=&quot;right&quot; valign=&quot;top&quot;&gt;
												２００４年４月&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/12-3.jpg&quot; width=&quot;200&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
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				&lt;img height=&quot;1&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
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				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
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		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;5&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　パレルモは古くから様々な民族の興亡を経ながら多様な文化の影響を受けてきたイタリア南部、シチリア島の大都市です。ルッジェリさんはそのような歴史の街の、お父様が大学の建築学教授、お母様は画家という家庭に生まれました。幼い頃から進歩的なご両親の影響を受けて育ったというルッジェリさん。ご両親が興味を持っておられた東洋思想に触れたり、アメリカなど外国でのホームステイ経験を通じて、世界には様々な言葉や文化があるという広い視野を自然に身につけてこられました。&lt;br /&gt;
								　日本への興味のきっかけは１３歳の頃にはじめた空手。そして大学生の時にパレルモの空手道場の師範の紹介で、６ヶ月間神戸にホームステイする間に、日本の文化への興味を一層深めることになります。&lt;br /&gt;
								　その時に、専門的に研究されるようになる日本の禅との本格的な出会いも、ホームステイの間に連れて行ってもらった京都の名刹、妙心寺の霊雲院という塔頭で一般人向けの坐禅会に参加した時のことでした。&lt;br /&gt;
								　かねてから禅についての本を読み漁っていたというルッジェリさん。その時出合った&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;霊雲院の老師に「悟りって何ですか」と尋ねると、「朝起きれば顔を洗う、ご飯を食べて、働いて、夜になれば眠る。それが悟りです」という答えが返ってきたそうです。その時、知識や理論としてではなく、日常の生活の中で、その時々の状況に自然に自己を溶けこませる禅の思想に強い感銘を受けた&lt;/span&gt;とルッジェリさんはおっしゃいます。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
									&lt;img height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/12-2.jpg&quot; width=&quot;200&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
								　ルッジェリさんは母国のヴェネツィア大学で東洋言語と宗教哲学を専攻された後、京都の花園大学に留学（修士課程）。その後、大阪府立大学大学院で江戸時代の禅僧　白隠慧鶴（はくいん・えかく）の研究により博士号を習得されました。一方、13歳から始めた空手は、やがてイタリアの全国大会で優勝、来日してからは西宮に道場を開かれるほどに。まさに文武両道のルッジェリさんですが、実際にお会いした彼女は、いたって穏やかで、繊細な感じの女性です。それを強く感じたのは、彼女から「私はベジタリアンなんです」というお話を伺った時。&lt;br /&gt;
								「13歳の時に、アメリカのオレゴン州の牧場にホームステイしたんです。そこで、産まれたばかりの仔牛を、子供のように育てるという経験をしたんですが、それ以来、お肉を食べなくなりました。」&lt;br /&gt;
								「小さい頃はほんとうに内気な、恥ずかしがりやな子供だったんです。」というルッジェリさんが、パレルモの町にあった日本人の空手道場に通うようになったのも、精神的に強くなりたいという思いからでした。&lt;br /&gt;
								&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「イタリアの全国大会で優勝したりするうちに、少し自信を持つようになったかもしれないが、そのときから競争があまり好きではないということに気が付きました。今、私は西宮に空手の道場（拳修会西宮女性空手道場）を開いて、お弟子さんも皆女性なんですが、彼女達にも身体と心、共に強くなってもらえたらと思います。」&lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　そんなルッジェリさんが、禅思想をはじめ日本の文化を本格的に研究するために再来日されたのは７年前。以来、ずっと関西にお住まいのルッジェリさんに、関西の印象を伺うと、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「関西に暮して特に感じるのは、そこに住む人たちの暖かさ、親しみやすさですね」&lt;/span&gt;とおっしゃいます。「東京の人たちと接しているとどこか、ビジネスライクなとっつきにくさを感じることがあるんです。それに比べて関西の人はとてもフレンドリーで人柄が暖かい、私の故郷南イタリアの人たちに似てるんです。初めて日本にホームステイした時のホストファミリーとは今でも本当の家族のようにお付き合いしていますし、全然知らない人とも、信号待ちの時に今日は暑いですねと、ちょっと言葉を交わしたりできる感じですね。」&lt;br /&gt;
								　「日本に来てからずっと神戸や西宮に住んでいたんですが、どちらも海と山が近いでしょう。私の故郷パレルモに似ているんです。そんなところも親しみが持てましたね。この春からは京都市に住むことになるんですが、あそこは海はないけど素晴らしいお寺が多いところ。それが楽しみですね。」&lt;br /&gt;
								　関西の食べ物について伺うと「私はベジタリアンでしょう。だから京都の精進料理とか大好きですね。お豆腐料理、胡麻豆腐とか。梅干やお漬物、ちょっと変わったものも好きなんです。」&lt;br /&gt;
								「ただ、日本に来たばかりの頃は、うどんのような柔らかい麺に少し抵抗がありましたね。イタリアのパスタはアルデンテといって固めの麺ですから。でも今はすっかり慣れましたね。イタリアに戻っている時に、急におうどん食べたいって思ったりするんですよ。（笑）」&lt;br /&gt;
								　関西での暮らしにすっかり馴染んでおられるルッジェリさんに、関西のお気に入りスポットを伺ってみました。&lt;br /&gt;
								「神戸に住んでいた頃、布引の滝の周りを散策していた時に偶然見つけたお寺があるんです。不動明王が奉られていました。「新神戸」駅から少し山の中に入っただけなのに、ほんとうに静かな、落ち着いた雰囲気のお寺。そのお寺と周りの山道の景色がほんとうに素敵で、私の一番のお気に入りスポットですね。」&lt;br /&gt;
								「それから、京都、妙心寺の雰囲気ですね。このお寺も、京都の市内にあってまわりも賑やかなのに、境内に一歩入ると、静かな雰囲気に変る。ほんとうに不思議ですね。最近、そんなお寺の中に坐禅の体験ができる大衆禅堂という在家さんのための禅道場があるんです。土曜日の午後から日曜日の朝まで大衆禅堂で「坐る」ことができます。特に3時とか５時とかの早朝に妙心寺の法堂で坐禅を組むのは本当に素晴らしい体験ですね。」&lt;br /&gt;
								「あと、休日には旅行に行ったりします。冬なら城崎のカニ！（笑）那智の滝、夙川の桜、琵琶湖の風景、どれも素敵でしたね。」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　禅思想の研究や翻訳、そして坐禅と普段の生活で禅と深く関わっておられるルッジェリさんですが、そんな彼女の目にごく普通の日本人はどう映るのでしょう。私達自身が気付かない、禅の思想に通ずる日本人の特性のようなものはあるのでしょうか？&lt;br /&gt;
								「日本人はあまり自分の考えを前に出しませんよね。来日して直ぐの頃は、日本人って、あまり考えてないんじゃないかと思いました（笑）。でも、ある時そうではないことに気付いたんです。」&lt;br /&gt;
								「合理性を重んじる西洋人は、人間関係においても理詰めでないとお互いを理解しあえないところがありますよね。日本人は違うんです。この感覚をうまく表現するのは難しいのですが、普通の生活をしながら、その場の雰囲気を共有することで、どこか分かり合える、協調しあえるところがあるんです。」&lt;br /&gt;
								&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「確かに今の若い人は、表面的なものにとらわれ価値観も変化しつつあるようですが、それでも日本人は本質的に自分の内面を見つめながら、周りと協調する、理解し合うという能力を備えていると思いますね。」&lt;/span&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　来日して７年、日本人の友人も自然とお坊さんや雲水さんが多いとのこと。&lt;br /&gt;
								「お盆の頃は、そんな友達のお寺にお施餓鬼（おせがき）の手伝いに行ったりするんですよ。いろいろ失敗もしますけど（笑）」&lt;br /&gt;
								　一方で、暇ができれば映画を見に行ったり、女の友人同志で食事にいったり、休みの日は家でゆっくりしながらテレビを見たりと、そのあたりはごく普通の現代のお嬢さんという感じです。&lt;br /&gt;
								「お笑い番組が好きなんです。ダウンタウンとか出てる番組が大好き。あと、探偵ナイトスクープは毎週必ず見てますね（笑）」&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								　ある面では、日本人以上に日本的なもの、日本文化の本質に深く関わりながら、関西での生活を心から楽しんでおられるルッジェリさん。&lt;br /&gt;
								「２年前、日本の大学で博士号を取った時、家族からもイタリアに帰ったらと言われて色々考えたんですが、もうイタリアには住めない！というのが本音ですね。」と笑いながらおっしゃるルッジェリさんにとって「異国の地」や「異文化」という言葉は意味を持たないのかもしれません。&lt;br /&gt;
								&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「今、お茶も習っているんですが、坐禅も空手も茶道も、ある面では、自己を見つめる修練を積んでいくものです。ただ、そうやって自分の内面を見つめていったら、同じように周りにも目を向けることが大切ですね。自分のことを知ったら、相手も見えてくる、つまりどんな国、文化圏の人でも、本質的に人間は同じだということが判ってくるんです。」&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
								　インタビューの最後に、ルッジェリさんに、関西の国際化、世界の人との交流を深めていく上でどのような点が重要かご意見を伺いました。&lt;br /&gt;
								　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「言葉を勉強することは大切だと思います。やはり言葉を理解することで、より深くその国の文化や価値観が理解できるのですから。」&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
								　流暢な日本語でそう語るルッジェリさんからは、少しでも異なる国の人、文化を理解しお互いの価値観を尊重しあえる関係でありたいという真摯な想いが伝わってきます。&lt;br /&gt;
								　異なる宗教間での対話を通して世界の様々な国、民族の相互理解、平和的な共存を呼びかけたハンス・キュングという神学者の信奉者でもあるアンナ・ルッジェリさん。難解な禅思想の研究や空手に打ちこむ強い意思の力と、子供の頃、仔牛の世話をして以来肉食を断ってきたという優しさ、繊細さ、そして何より異なる国や文化に対する広い視野と開かれた心を持った女性です。&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								　今、世界は混迷の度合いを深め、不幸な紛争、対立が各地で頻発しています。&lt;br /&gt;
								　ともすれば希望を見失いがちになるそのような状況を乗り越え、相互理解と共生、様々な文化や民族の融和を推し進める礎となるのは、きっと彼女のような存在なのだという想いが湧いてくる、そんなアンナ・ルッジェリさんへのインタビューでした。&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
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  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
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 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>中国国家観光局大阪駐在事務所長</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_26.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
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						&lt;tr&gt;
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								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;第１１回目となるKANNSAIダイスキ。今回ご登場いただくのは中国国家観光局大阪駐在事務所長の鄭保壘（テイ ホルイ）さんです。&lt;br /&gt;
																中華人民共和国の山東省ご出身の鄭さんは山西省の大学で日本語や日本の歴史文化を学ばれ、私達のインタビューにもとても流暢な日本語でお話しくださいました。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
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								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
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										&lt;tr&gt;
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												&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００３年１２月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/11.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt; &lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;5&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;100&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
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		&lt;tr&gt;
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				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
			&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
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		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;鄭所長は３年前、中国国家観光局大阪駐在事務所に勤務されるために来日されました。それまでにも中国への観光キャンペーンのために東京をはじめ日本の大都市を訪れる機会が何度かあったということです。今までにお訪ねになった都市と比較して関西の印象を伺いました。&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;例えば東京と比べて、大阪はとても庶民的な街という印象ですね。一方で奈良や京都のように歴史と文化の町もある。関西という地域に暮していると、中国との共通点と相違点の両方を強く感じます。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;共通点と相違点、具体的にはどういうことでしょうか？&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;共通点というのは、両国の長い交流の歴史の中で育まれてきた日本の文化の中に見ることができます。京都や奈良の古い文化財や日常使っておられる漢字まで、多くのものに中国からの影響を見ることができます。ただ、日本人はそうやって外国の様々な文化を取り入れながら、それをうまくアレンジして日本独自のものにすることに長けています。例えば、日本のラーメン。もとは中国の麺料理ですけれど、日本で日本人の口に合うように独自の味付けがされてきました。日本のラーメンのスープは中国のものと比べても本当に美味しいと思いますよ。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;一方、相違点は両国の近代化の歴史ですね。日本がこの二百年ほどの間に、西洋諸国から多くのことを吸収し近代化を進める一方、中国は近代化への扉を長い間閉ざしたままでした。今、中国は多くの点で日本を見習いながら近代化を推し進めています。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;関西には歴史と文化が息づくとともに、非常に近代化された都市景観も見ることが出来ます。その点についてはどのような感想をお持ちですか？&lt;br /&gt;
				「素晴らしいと思いますね。便利で快適で。特にそれを強く感じるのが交通機関です。鉄道も、道路も、都市と都市をつなぐ交通機関は、どれも安全で正確です。このような交通システムに社会のルールを守り勤勉な日本人の国民性がよく現れていると思います。近代化を進める中国がぜひ見習うべき点ですね。」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;交通機関についてのお話からも伺えるように、鄭所長は、関西の文化・歴史遺産や名所旧跡、景観などを眺めながら、常に同じ視野の中に、そこに暮す人々の姿も捉えようと努めておられるようです。&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そんな鄭所長に関西のお気に入りのスポットをお尋ねすると真っ先にあげられたのは、京都の祇園、花見小路の家並みでした。昔からここで生活してきた人々の息遣いが感じられるような景観。そこに鄭所長のこだわりがあるようです。「美しく伝統的な景観というだけではなくて、今もそこに人々が暮らしている、生活の姿が感じられる。そこに惹かれますね。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;鄭所長がお書きになった日本を紹介する本を拝見すると、その中には所長ご自身が撮影された写真も多く掲載されていますが、例えば京都・嵐山を撮影した写真にも、そういうこだわりが感じられました。それは、嵐山や渡月橋というおなじみの風景をバックに、川のほとりを散策する京都の人々の姿を写した写真でした。&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;美しい風景なら中国にもたくさんあります。中国の人々の心を惹き付ける外国の風景というのは、そこに暮す人、集う人の姿が見える風景だと思います。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;大阪の魅力を「庶民的なところ」とおっしゃるように、鄭所長は様々な地域の伝統や風習が、今も人々の暮らしの中にしっかりと息づいている点に関西の魅力があるとお考えのようです。&lt;br /&gt;
				「関西には祇園祭やだんじりといった有名な祭りがあります。また、それぞれの町にもそこに暮す人々が集い輪になって踊る盆踊りのような伝統が残っています。それが、大阪や京都といった大都会の中にも残っているのがすばらしいですね。中国では、地方に行けばそういう風習も残っていますが、例えば上海などのような都会では、近代化に突き進む一方でそういう風習が消えていきつつあります。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そんな鄭所長から伺った吉野についてのお話に私たちはとても感銘を受けました。&lt;br /&gt;
				「今までに訪れた所で特に印象深かったのは桜の頃の吉野山ですね。」&lt;br /&gt;
				やはり満開の桜の風景には感動されましたか？&lt;br /&gt;
				「確かに、山全体に咲き誇る桜は美しい風景でした。でも、それ以上に、私の心をとらえたのはそういう風景を長い間大切にしてきた日本の人たちの存在です。中国にも全山桜が咲く山はあります。けれど、それはサクランボを採るための果樹園としての山。吉野のように見て楽しむというものではないのです。」&lt;br /&gt;
				「吉野山の風景は、何百年の間、この国の人々が大切に育んできたものです。それだけの長い間、あのような風景を次の世代に伝える人々がいて、またそれを愛でる人たちもいた。地元や近郊の、庶民のレベルでそういう人たちが多くいたのです。そのことに、私は昔から日本の人たちが持っていた本当の豊かさを感じます。美しいものを愛する心の豊かさ。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;中国と日本は長い交流の歴史を持っています。鄭所長は、両国が今後も真に平和で友好的な関係を深めるために観光が果たす役割の大切さを強調されました。&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;観光は人と人が出会い触れ合うことで本当の意味で相互理解が深まります。今、日本は海外からの観光客を増やすキャンペーン（ヴィジットジャパンキャンペーン）に取り組んでいますね。現在、中国人の日本への観光ビザは北京、上海、広東の住民に限られていますが、それをさらに数都市増やすだけで１０００万人の訪日外国人誘致という目標はすぐ達成できるのではないですか？観光客誘致のためのインフラやホスピタリティは充分なレベルに達していると思います。あえて今後充実する必要があるとすれば、駅などの公共施設における外国語表示でしょうか。もちろん都心の大きな駅はそういう表示もされるようになりましたが、地方の小さな駅にまでお願いしたいですね。&lt;/span&gt;」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「現在、中国政府は世界の主要な国々に国家観光局を設置していますが、ほとんどが一国一事務所です。一つの国に駐在事務所が二つある国は米国と日本だけ。米国は国土が広大ですから東海岸、西海岸にそれぞれ必要でしょう。その意味で狭い国土ながら二つの事務所がある日本を特別な国、大切な隣国として中国政府は位置付けています。中でも、来日する中国人の半数以上が入国する関西は、日本の玄関口として、そして両国の長い交流の歴史の中心地として、とても重要な地域です。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;最後に、鄭所長は関西を広く海外に紹介するに当って、より広い視点、例えば外国の人たちの視点に立って自分達の観光資産を見つめなおすことの大切さを語られました。&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;中国の人たちに日本の仏教寺院などをただ紹介するだけでは、中国にはもっと古くてりっぱなものがたくさんありますからあまり興味を示さないと思います。中国との繋がりを宣伝することでより興味を持つのではないでしょうか。例えば、宇治市にある黄檗山萬福寺は中国から渡来した隠元禅師によって創建されたといったことを紹介することが大切です。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td width=&quot;21&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;吉野の桜を眺めながら、その風景を長い間愛しんできた人の営みに思いをはせる、そんな鄭所長の目を通して紹介される日本の風景は、そこに暮す人々の息遣いまでが感じられる「生きた風景」です。そんな「生きた風景」がより多くの中国の人々の目に触れ、両国の更に親密な交流の礎となるように、これから鄭所長が益々ご活躍されることをお祈りしてインタビューを終えました。&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
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  <title>FM CO･CO･LO</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_25.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
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						&lt;tr&gt;
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								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;関西初の多言語FM局であるFM CO･CO･LO。英語、中国語、韓国語からヴィエトナム、フィリピン、タイなど１５カ国による様々な番組をオンエアしているユニークなFM局です。今回の「関西ダイスキ」はそのFM CO･CO･LOで英語によるニュース番組を担当されているキャシー・コリアさんをお訪ねしました。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
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												&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００３年６月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/10-1.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt; &lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;5&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;100&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;キャシー・コリアさんは、アメリカ合衆国マサチューセッツ州のボストン出身です。彼女がはじめて日本を訪れたのは高校生の時。三菱自動車が行っていた交換留学生制度で、３ヶ月間大阪の一般家庭にホームステイされたのだそうです。その時の楽しい経験が後に再来日し関西でお仕事をされるきっかけになったとのことです。&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「あの時は３ヶ月間という短い期間だったので、日本語をちゃんと勉強することもできませんでした。でも日本にいる間に私と同年代の二人の女の子と親友になりました。アメリカに帰った後も彼女たちとはずっと手紙のやり取りを続けました、それこそ１０年以上、私が再来日するまで。１９９５年、私が再来日した時に、久しぶりに会ったら、お互いすっかり大人になってるし、彼女たちは結婚してお子様もいて・・・これ以上話すと年齢がばれそうですね（笑）。」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;高校生の時、日本という外国をはじめて経験されたキャシーさんは、母国の大学でもジャーナリズムを専攻。より広く、そして自由な視点から世界の様々な出来事を見つめ理解する力を身につけられました。&lt;br /&gt;
				大学を卒業してしばらくはパリに渡って、報道関係の仕事や、大企業の広報の仕事などを精力的にされていたのですが、やがて何か違うことにチャレンジしたくなって再来日されます。&lt;br /&gt;
				アメリカからパリ、そして日本・・・若くして世界中を飛び回ってきたキャシーさんには、もともとコスモポリタンの血が濃く流れているんだな、と思ったのは彼女のご両親のことを伺った時です。&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;私は父がポルトガル系、母はフランス系という家で育ちました。Correiaという姓もポルトガル系の名前なんです。私にとって、日本という国は色々な点でポルトガルとの繋がりを感じさせる国ですね。&lt;/span&gt;日本食の代表のように言われる天麩羅や、カステラなどの食べ物はもともとポルトガルから伝わった食べ物でしょ。西洋人があまり口にしない蛸を好んで食べるのも同じ。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そう話すキャシーさんは、やはり大の日本食党。外食する時も、ほとんど日本食のお店にしか行かないのだとか。「寿司には目がないんです。お好み焼きも、たこ焼きも大好き。お好み焼きは、ちょっとコテコテですけどね。」&lt;br /&gt;
				「母も日本食の大ファンですよ。前、日本に来た時など、お寿司をあんまり味わいながら食べるものだから、夜もすっかり遅くなってしまって。まだ全部食べ終わっていない母をお店の外に連れ出すのが大変だったのよ。（笑）」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img height=&quot;200&quot; hspace=&quot;10&quot; src=&quot;../../upfile/interview/10-2.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;食べ物だけでなく、日本での生活がすっかり板についているキャシーさんですが、特にどのような点が気に入っておられるのでしょう。&lt;br /&gt;
				「例えば、今までに暮したことのある街で言えば、再来日して数年間、団地住まいをした大正区も、今マンションで暮している京橋も、それぞれの魅力があります。大正区では、人々はみんな打ち解けやすくて、私のような外国から来た者にも何の先入観もなく接してくれました。京橋にはまた別の魅力があります。淀川沿いの公園に面した環境、より都心部に近く交通の便がいいこと、そしていろんな面白いお店が集まってそれが街自体に多彩な表情を与えています。」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そこに暮す人々との交流、お付き合いはどうでした？&lt;br /&gt;
				「団地に住んでいたころは、ほんとに親しくご近所づきあいさせてもらいました。あそこでは、みんなが寄り添って暮らしてる、そんな感じで。今でも、あの頃のことがとても懐かしいですね。」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そんなキャシーさんにとって、関西という地域にはどのような魅力があるのでしょう？&lt;br /&gt;
				「例えば、私は週末によく１泊旅行に出かけるんですが、決まってそれは関西の中ですね。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;こんなに小さな地域の中に、実に多様な見どころがある&lt;/span&gt;。例えば、伊勢、長浜、近江八幡・・・どこも素晴らしいところです。そしていろんな所で、いろんな体験ができますよね。食べ歩きやお買い物、何かを観賞したり、アウトドアの娯楽を楽しんだり。私は、例えば京都や奈良等の地域ごとに、何をするか、何を見るか、何を食べるか、といった切り口で情報をファイルにしてるんですよ。週末ともなればそのファイルをチェックして出かけるんです。」&lt;br /&gt;
				「だから旅行は一番の趣味みたいなものですね。例えばお花見や紅葉狩りのように日本の四季の変化を楽しむことを目的に、毎年違ったところに出かけるようにしています。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
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		&lt;/tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;関西での暮らしを満喫されているキャシーさんですが、そんな彼女が海外の人にこの地域の魅力を伝えるとしたらどういう点になるんでしょうか？&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;私は古いものと新しいものがうまくミックスされていることを強調したいですね。外国の人は、今でも日本が昔と変っていないようなイメージを持っています。つまり、着物を着て下駄を履いて暮しているような。確かに、京都の祇園のように古い伝統が息づいているところも関西には多く残っていて、それが大きな魅力になっています&lt;/span&gt;。でも一方で、日本には、とても現代的な部分にも魅力がある。それは日常生活のいたるところに快適さ、便利さが浸透しているということです。たとえばその代表がコンビニエンスストアや、発達した交通網でしょう。そういうものが、古くからの伝統的なものとうまく融合して社会を形成している点、それが日本の魅力だと思います。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;大阪での生活はとても快適だと言うキャシーさん。そんな彼女の目に、大阪はこの数年でより国際的な都市になったと映るのでしょうか？&lt;br /&gt;
				「ある外国に行った時のことですが、空港の入国管理事務所で結構不親切な扱いを受けたりしました。日本の空港では、そんな経験をしたことは一度もありませんね。空港だけでなく、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本では多くの人が、日本語がしゃべれないような外国人にも親切に理解しようとしてくれます&lt;/span&gt;。」&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;でも、それだけでは国際的とは言いきれません。私はときどき、この街に閉鎖的なものを感じることがあります。それは、わたしが見るからに外国人だからという、ただそれだけで知らない人からじろじろ見られるような時&lt;/span&gt;。他の国では、そんな風に町中でじろじろ見られるという経験はしたことがありませんでしたから。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;多国籍のスタッフが集い、自由な雰囲気で放送の仕事に携わるFM CO･CO･LOというユニークな放送局で働いておられるだけに、町に出たときのそういう経験が気になるんでしょうか。&lt;br /&gt;
				「そうですね。今の職場では、お互いに自由だけれどプロフェッショナルな雰囲気の中で働いています。ひとつの家族のような感じですね。おかしな話だけど、お互い、出身の国はどこなんて、尋ねあうこともないんです。でも、仲良く、助け合ってやってますよ。外国の人の名前をどう発音したらいいか教えてもらったりね。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;日本に来たいと思っておられる外国の人に、何かアドバイスしたいことはありますか？&lt;br /&gt;
				　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;大切なのは、日本という国の慣習を理解すべきですね。考え方を含めて、日本の人たちの生活様式を理解しそれを受け入れること。自分はガイジンだという意識は捨てることです。それから、特に日本に働きに来ようとしている外国の人には、自分自身の評価基準を明確にもつべきだということを言いたいですね。&lt;/span&gt;日本の職場では同僚や上司から自分の行動に対する評価を直接聞けることが少ないように思います。今、自分が進んでいる方向が正しいのか、間違っているのか、それを正しく判断できる基準を自分自身の中に持っておく必要があると思いますね。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/10-3.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;では逆に、海外に出て行こうとしている日本人に対してのアドバイスは何かありますか？&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;これから海外に飛び出そうとしている方だけでなく、国内で海外の人に接する方にも共通して申し上げたいのは、英語を話すということだけに価値基準を置きすぎないで、ということですね&lt;/span&gt;。」&lt;br /&gt;
				「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;英語は確かに国際的な言語ですが、それ自体は他国語と同じようにものごとを表す道具でしかないのです。日本人は、英語を話せる、ということを絶対視しすぎのような気がしますね。先ほど私は相手の国の生活様式を理解し受け入れることの大切さに触れました。日本人が日本人の視点からしか相手の国のことを見ないのであれば、英語がしゃべれるというのはあまり意味がありません。もちろん、英語圏の人が日本人の視点を理解することなくただ日本語がしゃべれるだけ、というのも同じことです&lt;/span&gt;。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;真の国際交流は相手の国の生活様式や考え方まで踏み込んだ相互理解の上に成り立つ・・・キャシーさんの言葉には、まだ日本語も片言の頃に大阪の団地に暮して近所の人々と交流し、今は国際色にあふれるFM局で活躍されている方ならではの重みが感じられました。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>在大阪・神戸フランス総領事</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_24.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
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		&lt;tr&gt;
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				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;600&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
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										&lt;tr&gt;
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														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&amp;#39;豊かな文化と出会う関西&amp;#39;　－　在大阪・神戸フランス総領事であるフイリップ・シャティニュ氏の目からみた関西&amp;#39;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
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												&lt;/table&gt;
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										&lt;/tr&gt;
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								&lt;/table&gt;
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								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td&gt;
												&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００２年９月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img alt=&quot;photo&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/9-3.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt; &lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;5&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;100&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
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		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&amp;#39;関西大好き&amp;#39;の9人目のゲストは、在大阪・神戸フランス総領事であるフイリップ・シャティニュ氏です。シャティニュ氏はパリで生まれ、育ち、教育を受けられました。「言ってみれば、私はパリっ子なんですよ。」そしてシャティニュ氏はフレンドリーな性格を物語る、きさくな言い方で付け加えられました。「私は1954年生まれなのですが、こちらでは午年生まれだと言っているんです。これをいうことは重要なことだとわかりました。そういうことによって、関西で午年生まれの人とたくさん出会い、友達を作るのに良い方法なんです。」&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;photo&quot; height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/9-1.jpg&quot; width=&quot;204&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;フランス総領事館は、大阪中央区のエレガントなクルスタルタワー内にありますが、このインタビューは西宮市内のシャティニュ氏の自宅でさせていただきました。自宅は白いモダンなヴィラスタイルの家で、インタビューをさせていただいたラウンジは、ヨーロッパと日本の両方の雰囲気が交じり合った庭に面していました。背の高い針葉樹が芝生を囲んでおり、シャティニュ氏ご自身が植えられたバラの低木が前にあるラウンジに向かって花を咲かせていました。もしここに噴水があったならば、ベルサイユの庭にいるのではないかと錯覚したことでしょう。しかしながら、家の外観や内装、シンプルな芝生やよく手入れされた日本の松もすべて示唆しているのは、雄大さよりもミニマリスムへの嗜好でした。到着するやいなや、シャティニュ氏はコーヒーの用意をしながら、クラッシック音楽のCDを流してくださいました。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				シャティニュ氏は、パリの国立公共土木学院を卒業され、パリ政治学院と国立行政学院で勉強されました。土木工学から行政学への転換は大きな方向転換だったであろうと推測されますが、「それほどでもありません。それは、都市計画における私の興味から発展したことでした。」と、壁にかかっているフレームに入った地図を指差しておっしゃいました。「私の趣味のひとつは地図を集めることなんです。そして関西や関西の町の古い地図を見つけることに熱中しているんです。」そこで、神戸のアンティークショップへ行くことをお薦めしました。そして、日本の都市の風景にくらべてナポレオンの時代から&amp;#39;雄大なデザイン&amp;#39;の都市であるパリからどのように移り住んでこられたのかをお尋ねしました。「実は私が海外で最初の任務についたのは、東京で1983年のことでした。その時、私は29歳でした。都市計画という点においては、東京にはとてもびっくりしました。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;私が思うには関西のほうがヨーロッパ人にとっては住みやすいですね。都市計画、建築、生活様式などはよりヨーロッパ的ですし、たぶんそれは歴史観が関西のほうが強いからではないでしょうか。関西には1300年前からのものがたくさん残っています。ですから東京より関西でのほうが共通した考え方が多く感じられます。」シャティニュ氏はまた、茶道や雅楽がお好きであることから文化に話が進み、関西の人々が伝統的な芸術や文化にどれだけ関わっているかについて述べられました。「関西の人々はあちこちにかつて建っていた城などの地域の史跡について説明するのに熱心です。」関西の歴史的文化を要約しながら、彼は付け加えて言いました。「ここ関西には、豊かな文化との出会いがあります。」&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「先日、六甲のある劇場で能の公演に参加するように招待されました。私の役は大名で、公演の前に薪に火をつける仕事も手伝いました。主催者は私に衣装を用意してくれました。実際に能の衣装はすばらしいもので、その話の内容はすべて日本の神話に関連しています。フランス人の観光客は能についてもっと知る必要があると思います。」伝統的な能（関西が起源）は舞台芸術の中でもっとも身近なものであることが知られていないそうです。なぜならそれは、とても抽象的で繊細で最小限の動きにとどまっているからだと思われます。（海外からの観光客は、ふつう大阪の松竹座や京都でのより動的な歌舞伎の方を訪問しがちです。）しかし、シャティニュ氏は、能の雰囲気を楽しんでおられます。（「雰囲気」という言葉はシャティニュ氏がたびたび使い、明らかに気に入っておられる言葉のようです）「実際に、能は日本人の観客にとっても受け入れにくい舞台芸術ですね。そうだからこそ私達は同じレベルで能を楽しむことができるんですよ。外国人も日本人も能を理解するのに通訳が必要なんです。」と氏は冗談ぽくおっしゃいました。また、そのような共に楽しめる典型的な日本の文化として相撲をあげられました。「フランス人は相撲が好きなんですよ。特に相撲がパリで紹介されてからね。」ご自身も伝統や儀式、そしてもちろん雰囲気を楽しんでおられます。来年の春、大阪場所でシラク大統領がトロフィーを手渡す機会があるかもしれないことを楽しみにしておられます。ひょっとすると、ご自身もプレゼンテーションを行わなければならないかもしれません。「武蔵丸のような大きな人の前に立つことを考えると・・・　oh la la 」（おびえたふりをして笑われた時、氏はちょっとフランス語にもどられました。）&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
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				&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;photo&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/9-4.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;「関西では、ある種の継続を感じることができますよね。それは、過去の認識が明らかな京都のような場所だけではありません。大阪では古代から貿易に基づいた多くの伝統があります。大阪は貿易が大規模に始まった都市でした。」シャティニュ氏はフランスと関西の間の貿易について詳しく紹介してくださいました。１９８０年代からの驚異的な成長、ファッションブティックの急増やルノーと日産の提携など。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「フランスは、他のどの国に対してよりも日本に大きな投資をしてきました。フランスは日本に対する投資額では2番目に大きな国です。エルメス、ルイヴィトン、シャネルは、彼らの製品の売れ行きが良い関西でも拠点をもっています。私は産業分野に関連した調査に力をいれています。関西は中小企業でさえ、技術レベルはとても高いのです。たとえば、化学関連産業では関西に拠点を持った企業がとても多いので、関西とフランスの協力で農業食品産業や農業技術研究が推進される大きな可能性があります。」&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;640&quot;&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;ビジネス促進のための訪日使節団、セミナーなどの支援を通して貿易を拡大することをひとつの使命として、シャティニュ氏は2001年にフランス総領事に任命されました。関西に来られる前は、アメリカのフロリダでの総領事を務められ、他にオーストラリアやベトナムでも外交官として活躍されました。関西での総領事として氏は、3つの主な役割を実行しておられます。「先ず私の仕事は、新しいプロジェクト、新しい提携、新しい合同研究を促すために、フランスと関西の府県や都市の間の新しい政治的接点をつくることです。２番目に私はフランス人により正確なビジネスの情報を提供しなければなりません。あまりにも多くの人が、すべての日本のビジネスは危機的状況にあって新しいビジネスの機会がないという間違ったイメージをもっています。3番目に関西におけるフランスのイメージの高揚に力を尽くします。しかしこのために私は、アリアンス・フランセーズ大阪や関西日仏学館などいくつかの文化機関から多いに助けていただいています。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;photo&quot; height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/9-2.jpg&quot; width=&quot;200&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;そこでシャティニュ氏に実業家にとっての関西の環境についてお尋ねしました。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「関西の強いところは実に様々な府県をもっていることです。必要とするものは何でも見つけることができます。奈良や京都には歴史があり、ビジネスをしたいのなら大阪があり、家族と一緒に住むのなら多くの建物が西洋的で外国人がとても住みやすい神戸があります。&lt;/span&gt;また、関西にあるいくつかのインターナショナルスクールではフランス語のコースがあり、家族をもつフランス人駐在員にとっては、とても重要な点です。「日本全国に住む全部で5,500人のフランス人のうち関西に住んでいる人は現在1,000人です。もちろんこれは、フランスに住んでいる30,000人の日本人に比べるとそれほど多くはありませんけどね。」（笑）&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				そして、日本人のフランスに対する認識については、全く問題がありません。海外での関西に対する印象や認識について、シャティニュ氏は次のようにおっしゃっています。「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;広島が世界の平和の首都になったように、今では京都は環境のシンボルになりつつあります。」そして、京都議定書と来年（2003年）の3月に関西の3ケ所で開催される予定の&amp;#39;世界水フォーラム&amp;#39;について触れられ、「大阪、滋賀、京都は、すでに環境に優しく認識のある都市として知られていますが、さらに&amp;#39;世界水フォーラム&amp;#39;によってますます発展をとげるでしょう」&lt;/span&gt;と述べられました。（滋賀県の琵琶湖は日本最大の湖で関西の水の主な供給源になっています。）そして、「しかし、京都、大阪あるいは神戸と個々に語るのではなく、関西という大きな枠でとらえることが大切だと私は思っています。」と補足されました。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;水はさておき、関西は特に独自の食べ物でよく知られています。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;大阪は天下の台所と言われていました。京都には懐石料理があります（季節を重視した様々な種類の料理）そして神戸にはヨーロッパ風のペイストリーやお菓子があります。そこでシャティニュ氏に、日本料理と一流のフランス料理との比較について尋ねました。「そうですね、もちろん基本になる材料はとても違いますが、細かいところまで注意をはらったり、時間をかけて作る点（ご馳走を作るのにまるまる一日かける）は同じです。」それゆえに、日本料理もフランス料理もお互いに賞賛するに値するのでしょう。&lt;/span&gt;氏は、パリで気に入っている店のひとつに&amp;#39;ショーザン&amp;#39;をあげられました。「その店では　&amp;#39;寿司フォアグラ&amp;#39;を作っており、申し分のない料理を出しています。シャンペンにあうものもあれば、日本酒にあうものも作っています。パリに来る日本人の観光客には大変人気があります。あいにく値段が大変高いので、誰かスポンサーを見つけて行った方がいいですよ。」（笑）氏はまた神戸、その多くが阪神地域に集中している有名な酒醸造所への招待を何度も受けてこられましたが、この分野での研究に対する自由な時間がないと(ちからを込めて)おっしゃいました。そういう点が総領事としての生活で大変なところなのだそうです。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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				&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;photo&quot; height=&quot;250&quot; src=&quot;../../upfile/interview/9-5.jpg&quot; width=&quot;200&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;私たちが話をしている間中ずっと、シャティニュ氏のクラシック音楽が背後で流れていました。日本での生活ではヨーロッパの音楽を聴けなくてお寂しいのではないだろうかと思いましたが、氏ははっきりとそうではないとおっしゃいました。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;「パリと同様、こちらでも、一晩おきになんらかの大きなコンサートなどがあります。偉大な世界のオーケストラや素晴らしい指揮者が関西に来ています。」&lt;/span&gt;大阪のシンフォニーホールやフェスティバルホールなどでのコンサートにも何度も足を運んでおられるようです。「つい先週は神戸国際会館（三宮）で中国交響楽団が演奏するのを聴きにいきました。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;関西の人々は本当に素晴らしいクラシックの音楽を鑑賞しています。フランスの著名な指揮者のジャン・フルネ氏は、最近、来日して日本の聴衆は大変知性があるということを言っていました。彼はヨーロッパよりも日本の聴衆から、より良い反応を受けたのだと思います。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				最後にパリっ子として、フランスに行く日本の観光客に対してパリのどんなところを推薦されるかお尋ねしました。（個人的にショーザンレストランへエスコートすることは別にして）「時々、私よりも彼らのほうがよく知っていることがあるんです。」そして「私は海外で約10年近く働いてきましたが、ノートルダム、ベルサイユ、ルーブルといった有名な場所のほかにも、そんなによく知られていないように思える素晴らしい場所がいくつかあると思います。サンジェルマン・デ・プレやモンパルナスのあたりの歴史的なリーヴ・ゴーシュ（左岸地域）あたりで私は育ちました。その辺りは田舎風の生活習慣がまだ残っています。そこの環境は素晴らしく、マルシェやパン屋、食料雑貨店、カフェなどがあります。」と、紹介してくださいました。「そこの雰囲気は素敵でしょうね。」とお尋ねすると、満足そうににっこり微笑まれました。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
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		&lt;/tr&gt;
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				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;シャティニュ氏の庭を見て回らせていただいた後、インタビューを終えました。そこの芝生はフランスのゲームである&amp;#39;ペタンク&amp;#39;（小さいボールをつかってする優しいボーリングゲーム）をするのに最適ですねと申し上げると、「あるいは、お年寄りの日本人にはゲートボールができるでしょうね。」とのことでした。シャティニュ氏は、自国の文化に誇りをもって接する一方でより大きな地域社会、彼の場合、ヨーロッパの国民の一部として自分自身を確認する国際人のお一人であるというだけではなく、違った国民の間の差異ではなく類似性を見つけることに天賦の才能をもっておられる人なのだということを実感しながら帰途につきました。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td width=&quot;20&quot;&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>大阪教育大学 講師
アルファ国際特許法律事務所 顧問
生活と文化社（韓国の出版社） 日本支局長
言語文化学博士</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_23.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
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				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;600&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
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												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　張起權さんは韓国で伝統文化に関する活動、創作、出版などに携ってこられましたが、能や狂言、歌舞伎などの日本の伝統文化や大衆文化にも興味を持たれて１９８９年に来日されました。それ以降、大阪大学大学院、言語文化研究科で博士号（言語文化学博士）を取得され、日本文化の研究の傍ら、大学で韓国語、韓国文化、比較文化などを教えておられる一方、日本文化を韓国に紹介する仕事を続けておられます。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
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											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_3.gif&quot;&gt;
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										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td&gt;
												&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００２年７月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img alt=&quot;張起權氏&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/8-1.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img height=&quot;1&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;hr color=&quot;#f78c9c&quot; width=&quot;640&quot; /&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　「大学生ぐらいから、日本の伝統芸能が韓国の伝統芸能と関わりがあるのではないかという漠然とした気持ちを持っていました。最初は長くても２～３年だろうという気持ちで日本に来ましたが、日本人の考え方、日本話、伝統芸能など幅広く日本のことに興味が膨らみ、こうした研究をもっと進めてみようと思って、大阪大学に入ることになりました。とりあえず様子を見てみるつもりで入ったのが、どんどん興味が高まって研究が進んで、いつの間にか博士号まで取ることになってしまいました。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				　最初は奈良でホームステイをされていた張さんですが、大阪大学という縁があってあとはずっと大阪の吹田と豊中に住んでおられます。その張さんに大阪や関西の魅力、文化、関西人の気質についていろいろ語っていただきました。関西人の性格、気質は非常に韓国の方と通じる部分があるそうですが、関西と関東とのライバル意識、関東の主流意識と関西の反骨精神にも注目されているそうです。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				「今住んでいる豊中、吹田、池田、茨木、高槻辺りが好きです。ただ緑が多いというだけではなく、この北摂のやんわりした大阪風、柔らかい大阪色がとても好きで、大阪には実はこんな所もあるのだよということを言いたいですね。&lt;br /&gt;
				　それからほっとするのは奈良です。飛鳥や桜井、天理、また山辺の道や法隆寺、長谷寺などが好きですね。関西の自然にもたいへん親しみを持っています。十津川や熊野川の渓谷の美しさ、また琵琶湖や天橋立のようなゆったりとした眺めも素晴らしいですね。&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				また関西人、大阪人というのは日本の中では一番きついとか、声が大きいとか、あるいは喧嘩っぽいと言われる反面、人情味があるとか、世話が好きだといった側面がありますね。これは正に韓国のほとんどの人達が持っている気質そのものです。あとは笑いが好きで何とかして笑いをとりたいとか、小さい声でこそこそ喋っても面白くないから、どんどん叫びながら喋るということも普通の韓国の人達が持っている特質ですね。&lt;br /&gt;
				　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本人の誠実さや、正直さ、秩序意識は正に世界に誇る特質で、関西人の中にも当然その意識が流れていますが、その上に関西人特有のよさが重なっているのだと思います。ですから、私はある意味では東京や関東の方も関西のこういう人情味あふれる部分を学ぶべきだと思っています。」 &lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
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				&lt;table align=&quot;left&quot; border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;10&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
									&lt;img alt=&quot;張起權氏&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/8-2.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;font color=&quot;#0000ff&quot; size=&quot;2&quot;&gt;日本の文化を韓国の新聞雑誌などのマスコミ関係に紹介されてきましたが、本日はわざわざお持ちいただいた雑誌を見せていただきました&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　大阪大学では研究の傍ら常に日本の文化を韓国の新聞雑誌などのマスコミ関係に紹介されてきました。本日はわざわざお持ちいただいた雑誌を見せていただきましたが、以前はその雑誌の日本支局長もされていたそうです。&lt;br /&gt;
				　「この号では日本の歴史の根源地ということで奈良を取り上げました。飛鳥や長谷寺や談山神社、奈良の祭や鹿の角切などまで幅広く紹介しました。この号は京都を扱ったものですね。鴨川や八坂神社、平安神宮や宇治の平等院などを紹介しました。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;張さんが関西を語られる時に一番重要だと思われていることは、自分の母国である韓国に関西の良さをどんどん伝えるということだそうです。&lt;/span&gt;&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;韓国でも最近、日本の文化に興味を持たれている方がどんどん増えていますが、その中でもさらに踏みこんだ専門的な内容を求める人達も増えているそうです。&lt;br /&gt;
				　「韓国の人達はどうしても首都圏である東京、関東に目を向けがちで日本といえば東京というイメージを持っていますが、なんでも東京、関東ではなく、ある意味では関西こそ韓国の人達に最もなじみの深い地域なのだということを広めていきたいのです。例えば韓国の都市と比べても、京都は韓国の古都の慶州によく似ていますし、奈良と飛鳥は百済の都だった扶余や公州の雰囲気に近いと思います。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;br /&gt;
				　「これは私が書いたものですが、&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;関東地方と関西地方は日本の２つの軸であるということで、我々はあまりにも東京ばかりを見ているけれども、実は関西地方が日本の歴史と文化のふるさとだということをいろんな意味で取り上げました。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				　このように私は、韓国から何か日本の事を書いてくれと言われたら関西のことを書くようにしています。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				　Kansai Windowの中の「韓国ゆかりの地」というコーナーで関西に根付いている韓国の文化を紹介していることをお話しすると「そういうものをもっと韓国の人達に知って欲しいですね。韓国の人達にとってはハングルで書いてある関西というのはどうしても必要だと思います。」と評価を新たにされました。&lt;br /&gt;
				　関西が最近、ハングルや韓国文化を広めているという点では大いに進んでいると感じておられるそうです。特にワールドカップサッカーなどを契機に大分増えたそうです。&lt;br /&gt;
				「例えば、北摂の市役所を見ると日本語の下にハングルが併記されているところが多いです。戸籍や住民票、国民健康保険などの表示の下にハングル文字が表記されていますね。ユニバーサルスタジオや大阪城に行っても韓国語のガイドブックが出ていたりするのはとても良い兆候だと思います。」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table align=&quot;right&quot; border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;10&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p class=&quot;f_right&quot;&gt;
									&lt;img alt=&quot;親善交流会の写真&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;183&quot; src=&quot;../../upfile/interview/8-3.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;font color=&quot;#0000ff&quot; size=&quot;2&quot;&gt;今年5月、韓国の安眠島で花博が行なわれた時に、関西地域の韓国語教室の方々を親善交流のために案内されました。まさに韓国の関西との交流を示す写真です&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
				　&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;張さんは大阪教育大学や梅花女子大学などでハングルや比較文化などを教えられていますが、日本の学生を韓国と比較して語っていただきました。&lt;br /&gt;
				　「学生達を比べてみると、韓国の学生達の方がはきはきしていて自分の意見をどんどん言いますね。先生の講義中でも手を挙げて質問をしたり、意見を言ったりします。もちろん先生が学生に向かって意見を求めた場合でも、必ず誰かが自分の思うことを言ってくれますね。意見を述べるということはそれについて考えている証拠でもあります。まず、このようにものを考え、はきはきと自分の意見を述べるという点では、日本の学生よりも優れているというか大学生らしいと言えるでしょう。&lt;br /&gt;
				　もう一つの違いは、韓国の学生達は授業中に寝たり携帯電話をいじったりすることはまずありません。これは昔の学生ではなくて最近の学生のことを言っています。日本の学生はほとんど休まずに教室には来ていますが、寝たり、携帯電話をいじったりしてます。これは何故だろうと考えると、&lt;/font&gt;&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;みんなの中にいたい。自分だけ授業を抜け出してもやることがない。ですから、寝たり携帯電話をいじってでも、みんなの中にいて安心しているのではないか。この辺は日本の大学生の自主性、自己判断力が劣ってきている証拠ではないか私は思っています。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　この他にも、集中力や表現力、文章力の衰えなど、今の大学生が抱えている問題はまさに山積していますが、本当に手遅れになる前に大学、社会、家庭、皆が力を合わせて教育の立て直しに取りかからなければならないと思います。もちろん大学教員もこれらの問題を諦めて自分の専門分野だけを黙々と教えるのではなく、もっと学生に愛情を持って、学生の教養や人格、未来に影響を与えられるような教育を心掛けなければいけないと思います。」&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;br /&gt;
				　韓国といえば、日本以上にインターネットが普及しており、世界的にもIT大国と言われる国です。Kansai Windowでもハングルの情報をいろいろ発信していますが、もっと日本でもハングルで発信するサイトを増やしていきたいという思いから、韓国のインターネット事情もあわせてお伺いしました。&lt;br /&gt;
				　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;今、ＩＴ分野での日本の立ち遅れというのは大きな問題です。韓国の人達は今、少なく見積もっても日本より１～２年ＩＴ分野で進んでいるのではないでしょうか。だからこそインターネットの面ではまだまだ関西でやれることが沢山あると思います。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				　私は大学で時々学生たちにアンケートを取ったりするのですが、自分の家でインターネットをどれだけやっているか、或いはインターネットはモデムかＡＤＳＬなのか光ファイバーなのかといったことを聞くと、韓国とは歴然とした差があります。韓国の大学生は現在約９割の人達が自分の部屋にＡＤＳＬ以上の高速回線が繋がっていて、ほぼ毎日インターネットを利用しています。大学生レベルであればほとんどがコンピュータに毎日触れていると言えるでしょう。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				　張さんは最近、韓国有数の法律法人と提携をして日本の分野を任され、韓国と関西企業との提携、技術移転、コンサルティングなどのお仕事もされています。&lt;br /&gt;
				　「最近では韓国の自動車技術に関するものがあります。最近、韓国の研究能力はどんどん進んでいます。例えば最近、韓国の自動車技術を初めて日本の大手メーカーが買い取るという技術移転、つまり逆移転の話しがありました。今までは日本から韓国へ技術が行くのが普通で、完成品が韓国から輸入される場合はあっても、その逆は無かったのですが、技術を日本に売るという交渉が現在大阪のある企業との間で進んでいます。それから、大阪にある中小企業の製品の販売に韓国の大手企業が取り掛かるということもコンサルティングしました。このように韓国と関西の間で、企業の提携、技術や製品の輸出入などの可能性は沢山あります。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;p class=&quot;f_left&quot;&gt;
					&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;張起權氏&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;200&quot; src=&quot;../../upfile/interview/8-4.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
				&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　「ワールドカップをきっかけにして、ＪリーグとＫリーグの関係でもそういった要望がでてきています。ナショナルチームで比べると日韓の実力はほとんど差がなくて、ワールドカップを期にちょっと韓国が上回っているかなというぐらいですが、ＪリーグとＫリーグを比べてみると、やはりＪリーグが進んでいます。韓国のナショナルチームのメンバーも数多く日本のＪリーグに来ています。Ｊリーグからもレギュラーに選ばれていない日本人選手やチャンスをもらえていない選手で、どこかで思い切り活躍してみたい、給料は減っても良いという人達がどんどん名乗り出ているところです。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;私は関西のＪリーグにもどんどん韓国の選手を紹介して行きたいと思っています。逆に関西のチームからもＫリーグに選手を送るなり、チーム同士の提携というものもできればいいなと考えています。」&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				　ワールドカップの時は世界で初めての共催だということで、最初に日韓共催が決まった時からとても嬉しかったそうです。張さんの話ははずんで、阪神タイガースを初めとするスポーツにまで及んでいきました。&lt;br /&gt;
				　「ワールドカップを共催したことはとても良かったのですが、成績を見ますと日本は当初の目標であるベスト１６に入りました。一方韓国は予想以上の活躍でした。韓国がベスト４に入ったことはもちろん韓国人にとって嬉しいことでしたが、日本人にとっても或いは日韓関係においてもとても良かったと思います。例えば周りの多くの日本人が、韓国が勝ち進んだ時にどんどん応援してくれました。共催国のパートナーが勝ち進んでいくことに対して、テレビの解説者達はどのチャンネルを回しても韓国を応援していましたし、周りの方々も例えばイタリア戦なんか感動しましたというメールも来ました。そういう意味で、韓国がベスト４まで行けたというのは非常に良かったと思います。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				　「どれだけ関西に愛情を持っているかというのがスポーツでよく現れるのですが、野球は当然阪神と近鉄を応援しています。スポーツニュースでも阪神が勝ったという記事を読むと嬉しいです。同じように、近鉄は今日どうなったとか、今は西武と争っていますけれど、当然西武を超えて優勝して欲しいという気持ちがあります。だから近鉄と阪神が日本シリーズでぶつかるのが私の夢なのです。&lt;br /&gt;
				　&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;Ｊリーグでは当然ガンバ大阪とセレッソ大阪を応援する、それからパープルサンガとヴィッセル神戸も頑張って欲しいなあと思うわけです。ですから正確にいうと、阪神ファンとかガンバファンとかではなく、関西ファンなんだと思いますね。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
				　そういう関西チームを応援している自分の本音がよく現れるのは甲子園の高校野球です。たとえば大阪のＰＬと東京のどっかがやれば、言うまでもなくＰＬ学園を応援します。あるいは智弁和歌山と横浜がやれば当然智弁和歌山を応援します。ですから自分はもう完全に関西人なんだなあと日頃感じています。でもこの夏、智弁和歌山と奈良智弁がぶつかった時にはちょっと悩んでしまったのですが（笑）。」&lt;br /&gt;
				&lt;br /&gt;
				&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>ダイアン･オレット（Diane Orrett）さん</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_22.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;20&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_2.gif&quot;&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　関西在住の外国人の方にその魅力を語っていただくKANSAIダイスキ。第７回目にご登場いただくのはイギリス・リバプールご出身のダイアン･オレット（Diane Orrett）さん。１９９０年に初めて日本の地を踏んで以来ずっと大阪に暮らし、その間、生け花、 茶道、着物の着付けなど様々な日本の伝統文化・芸能に触れてこられたオレットさん。&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;最近では「ダイアン吉日」の芸名で英語や日本語でも落語を演じ、多くの外国の人に落語の魅力を知っていただく活動をされています。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
											&lt;/td&gt;
											&lt;td background=&quot;../../upfile/interview/frame_3.gif&quot;&gt;
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										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot;&gt;
								&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００２年３月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
								&lt;img alt=&quot;ダイアン･オレットさん&quot; height=&quot;230&quot; src=&quot;../../upfile/interview/orrett.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
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				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;15&quot; summary=&quot;コメント&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p&gt;
									&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　オレットさんが初めて日本の土を踏んだのは１９９０年のこと。それまで、２年間ほど世界中をバックパッカーで放浪。日本に来る前、ニュージーランドにいた時のルームメートの友人が大阪に住んでいて、その友人の話にひかれてふらっと行ってみようかという気になったのが来日のきっかけでしたが、その時は、ご本人もこれほど長く日本に暮らすことになるとは思いもしなかったとか。&lt;br /&gt;
									　来日当初は、友人の家で居候しながら日本語を少しずつ勉強していたというオレットさんですが、やがて大阪という街での暮らしがすっかり気に入ってしまいます。とうとう、市内の真ん中、谷町筋をすこし入った一角に小さな１軒家を見つけて独り暮らしを始めたのが９年前で、以来そこが彼女の活動のベース基地になっています。&lt;br /&gt;
									　オレットさんにとって、今住んでいるところの魅力は、とにかく暮らすのに便利で快適なこと。エキサイティングなプレイスポットや仕事場、落語や生け花のお稽古場など、何処に行くのもマウンテンバイクでOKという便利さなのに、夜などは街中とは思えないほど静かで、大阪城のような都心のオアシスがジョギングで行ける距離にある。&lt;br /&gt;
									　そして近所付き合いしている人たちの親しみやすさ、優しさ。同じ横丁のおじちゃん、おばちゃんは仲の良い井戸端会議仲間。オレットさんが留守をするような時には、彼女への届け物や郵便を預かっておいてくれるなど、いろいろ気をつけてくれます。行きつけの近所の居酒屋さんは、オレットさんがベジタリアン（菜食主義者）ということもちゃんと心得て「ダイアンメニューね」と彼女が注文するだけで豆腐やお野菜を使った料理が出てきます。「山芋をベースにした野菜お好み焼きとか、すごくおいしいよ。」食べ物といえば、オレットさんが日本に来て特に気に入ったのが「ぽん酢」。豆腐やサラダ、おそばにつけたりするほどのお気に入りだとか。&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　とにかく今暮らしている大阪谷町界隈がとても気に入っているオレットさんに、関西の他のお気に入りスポットを尋ねると、京都の清水寺や奈良の東大寺といった古い建造物のダイナミックさ、一方で産寧坂や奈良町のような古い町並み、どちらも印象に残る場所だと言いながらも「けれど、特にどこと決められないくらい、関西はどこもダイスキ。」&lt;br /&gt;
									　もともと、英国にいらっしゃった頃はグラフィックデザイナーだったというオレットさん。イギリスにいた頃、初めて見た日本の焼物の柄や漢字の形（「意味はわからなかったけどね」）を面白いと思った記憶はあるけれど、実際に日本に来てからは、様々な伝統文化・芸能の魅力にますます魅せられていくことになります。&lt;br /&gt;
									　そんなオレットさんは日本の生け花や茶道の魅力を「シンプルさ」にあるとおっしゃいます。イギリスにもフラワーアートというのはあるけれど、日本の生け花はもっとシンプルな中に美しさがある。茶道も、最小限の部屋の装飾と道具を使い狭いお茶室の中で行うものなのに、それだからこそ一層心と心が通う深いコミュニケーションが実現する。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;シンプルな中に美しさや深みというものがある、それが日本の伝統文化の魅力だと。&lt;/span&gt;&lt;br /&gt;
									　その一方で、着物や焼物の柄などは繊細さと華やかさがうまく同居して、古いものの中にモダンな感覚が息づいている、そんな別の魅力も。「面白い柄の着物とか少しずつ集めながら、そのうち舞台用の着物を自分で作るようになったよ。」&lt;br /&gt;
									　グラフィックデザイナーとしての目は日本の文化が持つシンプルさ、繊細さ、華やかさという多様な魅力を敏感に捉えているようです。&lt;br /&gt;
									　シンプルさの中にある深み、それを「笑い」で味付けしたのが落語の魅力といえるのかもしれません。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;たった一人で、扇子と手ぬぐいだけという道具を様々に扱って、何人もの人物や情景を高座の上で活き活きと浮かび上がらせる。「喜劇の歴史が古いイギリスにも、同様の芸能はない。ほんとにユニーク」&lt;/span&gt;というオレットさん。落語の新ネタについては、自分の稽古風景をビデオに撮って、台詞回しや所作まで細かくチェックを重ねるとのこと。「ちょっと仕草を変えることで、人物が入れ替わったり情景が変化したり、そこが落語を演じていて面白いところだけど、同時に難しいところでもあるね。最初のうちは、話しているうちにどっちの方向を向いて喋ったらいいかごちゃごちゃになるってことがよくあったよ。」&lt;br /&gt;
									　オレットさんと落語の出会いは、友人からの紹介で桂枝雀さんの英語落語の公演で「お茶子」をしたのがきっかけでした。それが今や「鷺とり」（英語名：Bird Hunter）や、「宿屋仇」（英語名：SAMURAI）、「饅頭こわい」（英語名：I am terrified of SUSHI）といった古典落語から、「ワンダフル　ジャパン」といった創作落語まで、幅広いネタを得意とするまでに。落ちになる洒落など、日本語から英語への直訳では面白さが判らない場合には外国の人向けにアレンジを考えたり、「饅頭こわい」の「饅頭」が外国人に伝わりにくいと思ったら「スシ」に設定を変えて「SUSHIコワイ」としてみたり。常に色々な工夫をしながらネタを自分のものにしていく芸人根性はまさに日本人顔負け。&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　英国を出てから２６もの国を旅してきたというオレットさん。彼女は日本を「とうとう見つけた、ここが私のベースになる国」といいます。 「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;将来、イギリスに帰ったら、イギリスで日本の素晴らしい文化を伝え、広げる仕事を したい。生け花、茶道、着物・・・そしてもちろん落語。たとえイギリスに帰っても、心の一部はいつまでも日本に残っているでしょう。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									　日本に暮らす外国人や、海外の人たちに少しでも日本の素晴らしさを伝えたい、そんなオレットさんの活動は日本や海外に広がっています。&lt;br /&gt;
									　オレットさんの母国イギリスでは、昨年「ジャパンイヤー２００１」と銘打って日本を英国に紹介する様々な文化・交流事業が行われました。日本からも多くの文化人が英国を訪れたのですが、オレットさんもその一員としてロンドンで英語落語を演じました。会場にはご両親と妹さんも来られて、多くのお客さんの前で落語を演じるオレットさんを見て本当に驚かれたとか。&lt;br /&gt;
									　「だって私は小さい頃から本当に恥ずかしがり屋だったの。学校でも、クラスメートの前で本を朗読する時など上がってしまって声も出せなかったほど。日本の友だちにそのことを話してもぜんぜん信じてもらえない。別人のことのようだって。逆に私の家族は、日本に行って帰ってきた私が人間的に成長していたのでびっくりしたのね。」&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本に来るまでは、私は本当の私ではなかったように思う。日本に来て、様々な日本の文化に触れて、いろいろなものを理解し身に付けることで、私は本当に私のしたいことが見出せたし、そのためのベースになるべき場所も見つけた。そのことがとてもうれしい。わたしはきっと前世は日本人だったと思うよ。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									　焼物に始まって着物の着付け、いけばな、茶道、そして落語・・・オレットさんは日本の若い人たちもその魅力に触れる機会が減ってきている伝統文化・芸能に次々とチャレンジしています。&lt;br /&gt;
									　「外国人で落語に接したことがない人が多いのは当然だけど、日本人の友人も落語を生で見たことがないという人が多いね。」そういうオレットさんは、たとえ相手が外国人でも日本人でも、彼女の落語に客席が沸くのが楽しくて、嬉しくてしかたがない様子。&lt;br /&gt;
									　少女時代は大勢の人前で話ができないほど恥ずかしがり屋だった英国女性が、１２年前、一人でふらっと訪れた日本という国の、人、文化、暮らしのすべてに魅せられ、そこで本当の自分の生き方に出会った。そんなダイアン・オレットさんの舞台の上での熱演や日ごろの暮らし振り、そしてその親しみやすい人柄には、外国の人だけでなく、現代の日本人にもあらためてすばらしい日本、「ワンダフル ジャパン」を再発見させてくれるものがあるように感じました。 &lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
&lt;/table&gt;</description>
  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
 </item>
 <item rdf:about="記事へのリンクURL">
  <title>歴史街道推進協議会</title>
  <link>http://www.kansai.gr.jp/j/daisuki/index_21.html</link>
  <description>&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; class=&quot;daisuki_table&quot;&gt;
	&lt;tbody&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;20&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;10&quot; summary=&quot;インタビュー&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td valign=&quot;top&quot;&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;br /&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; width=&quot;362&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-1&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_1&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_1.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
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													&lt;tbody&gt;
														&lt;tr&gt;
															&lt;td&gt;
																&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　関西在住の外国人の方にその魅力を語っていただくKANSAIダイスキ。第６回目にご登場いただくのは歴史街道推進協議会の崔 万哲（サイ マンテツ, Wanzhe Cui）さんです。「歴史街道」とは、関西の様々な歴史の舞台を訪ねながら日本文化のすばらしさに触れることができる新しい探索ルートのこと。歴史に彩 られた町と町を結ぶネットワークをもっと広げていくための活動に取り組む歴史街道推進協議会で、その魅力を海外にＰＲするお仕事に崔さんは携わっておられます。&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
														&lt;/tr&gt;
													&lt;/tbody&gt;
												&lt;/table&gt;
											&lt;/td&gt;
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										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td colspan=&quot;3&quot;&gt;
												&lt;img alt=&quot;frame-7&quot; border=&quot;0&quot; height=&quot;20&quot; name=&quot;img/frame_7&quot; src=&quot;http://www.kansai.gr.jp/upfile/interview/frame_4.gif&quot; width=&quot;362&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
							&lt;td valign=&quot;bottom&quot;&gt;
								&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;0&quot; summary=&quot;写真&quot; width=&quot;250&quot;&gt;
									&lt;tbody&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td&gt;
												&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;２００１年９月&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
												&lt;img alt=&quot;サイ・マンテツさん&quot; height=&quot;188&quot; src=&quot;../../upfile/interview/mantetsu.jpg&quot; width=&quot;250&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
										&lt;tr&gt;
											&lt;td&gt;
												　&lt;font size=&quot;2&quot;&gt;「『歴史街道』では中国と日本の交流の足跡を数多くたどることができます」と崔さん&lt;/font&gt;&lt;/td&gt;
										&lt;/tr&gt;
									&lt;/tbody&gt;
								&lt;/table&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;img alt=&quot;space&quot; height=&quot;20&quot; src=&quot;../../upfile/interview/shim.gif&quot; width=&quot;20&quot; /&gt;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;hr width=&quot;640&quot; /&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
		&lt;tr&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&lt;table border=&quot;0&quot; cellpadding=&quot;0&quot; cellspacing=&quot;15&quot; summary=&quot;コメント&quot; width=&quot;100%&quot;&gt;
					&lt;tbody&gt;
						&lt;tr&gt;
							&lt;td&gt;
								&lt;p&gt;
									&lt;font color=&quot;#666666&quot;&gt;　北京師範大学在学中に中国政府の派遣によって会議通訳の研修のため初めて来日され、その後、同志社大学大学院で日本語学を専攻された崔さんは、日本に興味を持ち始めたきっかけが「思い浮かばない」というほど、若い頃からごく自然に一番身近な国として興味を持っておられました。&lt;br /&gt;
									　&lt;br /&gt;
									　そんな崔さんに、初めて来日された時に実際に目にして肌で感じた日本という国への印象をお尋ねしました。&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;まず感じたのは様々な情報の豊かさですね。&lt;/span&gt;」今でこそインターネットという 世界中の情報がどこにいても瞬時に入手できるシステムが中国国内にも浸透していますが、当時はまだ母国で様々な分野の情報を入手するのが困難な時代でした。それだけに日本に来て、広範な分野で専門的な情報の入手がいとも容易くできる環境にはとても感銘を受けたとのこと。&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;日本だけでなく世界中の国々に関する情報にも接することができる。そして、こういう情報に触れることで、初めて母国中国のことが客観的に見えてきたと思いますね。いい面も悪い面も含めて。結果的にそれが中国のことをより好きになるきっかけにもなったような気がします。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　その昔、唐の都長安は世界中の物資とともに情報も集まる文化の集積地でしたが、崔さんがその土を踏んだ現代の日本もまさにアジアにおける情報・文化の集積地でした。かつて唐との交流を経て多くのものを吸収した日本にやがて独自の文化が花開いたように、現代の日本と中国との文化交流の大切さを崔さんは強く感じました。そのためにもより多く母国の人々に日本を訪れて欲しい、その思いが歴史街道に関するお仕事に携わるきっかけとなったのかもしれません。&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;関西には多くの歴史的遺産、様々な文化財が集積しています。それは日本と外国との交流の足跡を今に伝えるものですし、まず日本を観光しようと言う外国の人にとっても大きな魅力になるのです。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　歴史的遺産が日本観光の大きな魅力という言葉が数千年の歴史を誇る中国を母国とされる崔さんの口から出ると何か不思議な気がします。しかし崔さんは様々な時代の歴史遺産に触れることができるという点こそ関西という地域の独自な魅力だと強調されます。&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;中国は確かに歴史の長い国です。けれど、その歴史はある面では古い文化を打ち壊した上に新たな文化を築くという破壊の積み重ねの歴史でもあるのです。それに比べて日本は、古い文化・伝統の良い部分は残し、それを改良しながら新たなものを生み出していくという継承の文化の国です。関西の限られた地域の中で、実に様々な時代を代表するものが残されているというのは素晴らしいことです。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　確かに、「歴史街道」の主なルートを見ても神話の舞台・伊勢から明治の文明開化の時代をしのぶ神戸まで、それぞれの時代を代表する各地が結ばれ、歴史の舞台を旅することができるようになっています。「歴史街道」をたどれば関西には文化交流の足跡がいたるところに残されていることがわかるし、またそれが現代の観光資源となって新たな交流を育んでいると崔さんはおっしゃいます。&lt;br /&gt;
									　「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;京都や大阪といった大きな都市はもちろんですが、例えば奈良の明日香村のような小さな村が今でも立派な国際交流の舞台になっている。中国や韓国から、明日香の古い文化遺産を訪ねて多くの人がやって来て地元の人々と交流をしています。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　 お仕事に関連して日ごろから関西の様々なところを訪ねておられる崔さん。また中国からのお客様を有名な観光地にご案内される機会も多いようです。金閣寺や東大寺、姫路城などは中国の方にも人気の高い歴史・文化遺産とのこと。 そんな崔さんに個人的にお気に入りの場所もお尋ねしてみました。 「たくさんありすぎてすぐにはお答えしにくいですけど」と言いながらあげられたのは、いかにも長年関西にお暮らしになっている崔さんならではと思える場所でした。&lt;br /&gt;
									　「大阪の道具屋筋や黒門市場のような市場をぶらぶら歩くのが好きなんですよ。日本の市場は売り物が豊富で、食材なんかもたくさんあって楽しいでしょ。お店のおばちゃんと立ち話とかしながら、つまみ食いさせてもらったりしてね。」 他にも大阪市内の法善寺横町や最近できた生野区の南大門市場など、庶民の暮らしに結びついた親しみやすい場所がお気に入りのようです。また、関西の様々な地域を訪ね、その土地ならではの魅力を新たに発掘するのもとても楽しいことだとおっしゃいます。&lt;br /&gt;
									　「先日も和歌山県の新宮市に行ってきました。そこは秦の始皇帝から不老長寿の薬を見つける命を受けて日本にはるばるやってきた徐福伝説ゆかりの町です。&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;その伝説にちなんで町起こしに取り組んでいるのがとても面 白かった。古くからの文化交流の名残が今も観光資源となっているよい例ですね。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									　「那智の滝にも立ち寄ったのですが、神聖な場所という感じが伝わってくる素晴らしい景観でした。そこから勝浦の温泉街に。忘帰洞という海辺の洞窟の温泉がとても面 白かったですねえ。その後は勝浦名物のマグロ料理をいただいて。関西にはその土地ごとの魅力に満ちた地域が本当に数多くありますね。」&lt;br /&gt;
									　多くの人が訪れる観光地の中でも例えば明日香村などは崔さんにとって特別 な魅力があるようです。「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;わたしにとって明日香の魅力は、歴史文化の遺産がまるで露天博物館のように田園風景の中にあることです。そして、そこにまた、四季おりおり日本の風景の優しい味わいがありますね。 昔から変わらない日本の風景の良さがそこには残されています。&lt;/span&gt;私の故郷である中国の東北地方はとても寒冷で乾燥した土地柄なので、明日香のような水と緑の豊かな風景は特に美しいと思いますね。」&lt;br /&gt;
									　ひょっとしたら、並みの日本人よりずっと関西の魅力スポットに詳しいのでは、と思わせる崔さん。好きな食べ物をお伺いしても、まっさきにお答えになったのは「お寿司」でした。「世の中の食べ物で一つだけ選べと言われても、やっぱりお寿司ですねえ。」と、世界に冠たる中国料理を差し置いて「お寿司が大好き」とお答えになる崔さんに私たちもますます親しみやすさを感じました。&lt;br /&gt;
									&lt;br /&gt;
									　今や、インターネットをはじめとして、様々な情報で世界を知ることができるようになった現代。それでも大切なのは実際にその国を訪れて、そこに暮らす人々や 文化に直接触れることだと崔さんはおっしゃいます。&lt;br /&gt;
									「&lt;span class=&quot;strong&quot;&gt;人は一度でも訪ねたことのある国の思い出は大切にしようと思いますし、それがよい思い出であればその国への親しみも長く持ちつづけることになります。一生の間にそれほど海外旅行をすることのない中国の人にとってはなおさらです。&lt;/span&gt;」&lt;br /&gt;
									　「歴史街道」に残る中国と日本の交流の足跡をたどることで現代における両国の友好をますます深めていくという意義深い仕事に携わっておられる崔さん。この春には、「歴史街道」をめぐる日中両国の交流史を紹介する本『関西中日交流史探訪』を中国文聯出版社から出版されました。また、歴史街道推進協議会が関西の「歴史街道」を中国の人たちにより多く知ってもらおうと今年北京市内に開設した連絡所には代表として着任されました。しばらくは中国と日本を行き来しながら関西の魅力に少しでも多くの中国の人が接することができるように尽力したいとおっしゃる崔さん。きっとその努力は近い将来たくさんの中国の方が関西を訪れ、さらに帰国されてからもずっと「関西ダイスキ」とおっしゃってくださるようになる、そんな形で実を結ぶことでしょう。 &lt;/font&gt;&lt;/p&gt;
							&lt;/td&gt;
						&lt;/tr&gt;
					&lt;/tbody&gt;
				&lt;/table&gt;
			&lt;/td&gt;
			&lt;td&gt;
				&amp;nbsp;&lt;/td&gt;
		&lt;/tr&gt;
	&lt;/tbody&gt;
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  <dc:subject>KANSAI ダイスキ！</dc:subject>
  <dc:creator>関西広域機構</dc:creator>
  <dc:date>2010-05-11T20:21:26+09:00</dc:date>
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