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KANSAI!ダイスキ

関西に在住される外国人の方に、関西の魅力について語っていただく、「KANSAIダイスキ」!

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第15回
大阪を拠点にするミュラリスト(壁画画家)
ヒューズ・ロジャー・マシュー氏

美しい大阪を世界に発信したい
「大阪ルネッサンス」へ向け、世界最大の壁画制作

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「KANSAIダイスキ」15回目のインタビューを受けてくださるのは、ヒューズ ロジャー マシュー氏(HRMとして知られている。)である。HRMは大阪を拠点として活動している壁画作家である。ニューヨーク生まれ、ハイチ育ち、そしてニューヨークの芸術大学を卒業。大阪での生活、仕事を始めて4年目。今やすっかり「自分の街」にしている。世界のあちこちの都市にも作品はあるが、今は大阪を拠点におしゃれなカフェやワインバー、ロビーやレストランなどから依頼を受けて、作品を提供している。大阪でも高級感のあるトレンディーな地域のひとつである南堀江に広いスタジオとアトリエを持つ。芸術を中心にボランティア活動にも関わり、街に溶け込んでいる。日本語のホームページも必見。
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2007年3月photo

 
 
 
「大阪は僕にとって地球で一番すごい場所のひとつだ。」

 HRMはニューヨークで生まれ、成長期の何年間かを両親の出身地であるハイチで過ごした。ニューヨーク芸術アカデミーより造形芸術の修士号(MFA)を、そしてファッション インスティチュート オブ テクノロジーよりファインアート(美術)の学士号(BFA)を得た。アメリカの有名なところでは映画俳優ロバート・デニーロのレストランの壁面を手がけるなど、世界的にも活躍してきたが、今は大阪、南堀江にアトリエとオフィスを構え、彼の生活と発想を刺激してくれる大阪に、どっしりと根を下ろしている。アトリエはまるで骨董店とマーディ・グラスのワークショップ、そしてルネッサンスの巨匠のスタジオを取り混ぜたような印象である。大きな木製の板が重ねられており、床には製作途中の作品が何枚もあり、ポットやチューブの絵の具がきれいに並んでいる。パリの石膏のロマネスクなオブジェや小像やその他人体や解剖学的なオブジェがある。彼の机の横には整体クリニックにあるような骨格模型がありちょっとびっくり。
 これらのいろいろな要素が取り入れられたディスプレイは、HRMのルネッサンス芸術への愛と、多文化な背景、そして、着物をまとう優美な舞妓の優美な姿、グリニッチヴィレッジのボヘミア精神、マディソンアベニューの斬新さ、広告、遠いエメラルドブルーの海、南国ハイビスカス、ハイチの宗教など、関わってきたものからのさまざまな影響が組み合わさっているかのように多岐にわたっている。
 彼の壁画作品には、このような多岐にわたるスタイルの影響だけでなく、驚くほど様々な素材や絵の具を見ることが出来る。「フレーム」でさえも、HRMは壁や天井には留まっていない。ガラスやエアコンの上にまでペイントし、作品にしてしまう。「実際エアコンの中を覗いてもらうと、僕がちゃんと中までペイントしていることがわかるよ。」と彼は嬉しそうに教えてくれた。こうした彼の仕事への取り組み方やその姿勢は、その偉業やる献身的な精神を一層際立たせるものである。
 HRMは自身のスタイルをカフェ・オ・レのようだという。美術史の中に登場する伝統をドラマチックに複数に重ね合わせ、さらに強力に、しかし精巧なシンボリズムを駆使し、独特の世界を創り上げている。一つの作品の中に、偉大なヨーロッパの巨匠達、土の香りのするアフリカンペインティング、そして「地元」の日本の浮世絵などが共存し、さらには、ハイチの民話の香りもする。「まるでサラダを作っているみたいだよ。これをボールに少し入れて、あれを混ぜて、それで美味しくなる。」レンブラント、ミケランジェロのほかに、HRMは、アメリカのモダンアーティスト、チャック・クロース(大型の写実的肖像画家)を尊敬しているという。その他にも、彼が尊敬する人のは、ヴィンセント・デシデリオ(彼が学んだニューヨーク芸術アカデミーの教授)やケン・オオツカ(彼が学んだインスティチュート オブ テクノロジーの教授)など世界的に有名な芸術家だ。
 さらに、素材の扱い方については、HRMは大変実用主義である。(これは「何でもあり」のハイチ文化から来ていると彼は言う。)炭、アクリル絵の具、油絵の具などが、一つの物体の輪郭を描くのに使われていたりする。立体感を出すためにセメントを使ったりもする。(ワインを絵の具として使ってみたこともあるそうだ。)そしてこれは彼がわざと高級ではない日用的な素材を求めているからではない。彼のブランド絵の具は、非常に貴重なものである。「僕は本当に高価な絵の具を持っているんだ。本当に上等の絵の具だ。オールドオランダのチューブ一本で200ドル。色素の濃度が濃くて、80%近く。このチュープは結構重いよ。」
 まだ30代はじめにして、HRMは最近、新たな壮大なプロジェクトへの挑戦を始めた。それは世界で一番長い「本当の」壁画を制作することである。彼の見積りによると、これには縦約2メートル、横1メートルのパネルが非常に多く必要になるそうだ。そしてさらに驚くべきことに、彼はこの5000枚のパネルを、全て「大阪の美」をテーマに描くというのだ。彼はこのプロジェクトを「大阪ルネッサンス」と名づけている。
 「僕はこの壁画を、そして大阪の美しさを世界中に見てもらうつもりだ。ニューヨークでもショーをいくつかやる。一つの作品を11メートル位の長さにして、それらの壁画はつなげられるようにする。僕は大阪の「宝物」を創るんだ。そしてその仕事こそが僕の大阪への愛なんだ。」このプロジェクトはまだ着手されたばっかりで、まだあと何千何百枚ものパネルを創作していかなければならない。当然HRMはまだまだ大阪に住み続けるつもりなのであろう。しかしそれは彼にとっては当然のことで、さらに彼は、「僕はここに葬られたい。それ位大阪が大好きなんだ。たとえアメリカで死んだとしても、ここ大阪に戻して埋葬して欲しいと願っているんだ。」と言う。
 ひとつの都市全体をテーマとして作品を創り出す為には、相当計画を練らなければならないだろう。彼は地元の図書館にも通って様々な調査をしている。「絵が描けるという能力だけでは充分ではない。作品に意味を込めるためには、ちゃんと調査をしないといけない。僕はいつも勉強している。人の話も聞くし大阪について学んでいるんだ。」そして彼はいう。「大阪の美しさを発見して、それをキャンバスに表現するんだ。」彼はモダンな建物にも、古いものにも美しさを発見する。「スカイビルや京セラドーム大阪は素晴らしいデザインだし、歴史について語れば大阪城も美しい。」
 「姫路城にも行ったよ。世間では姫路城は大阪城よりずっと美しいと言うけれど、僕は必ずしもそうは思わない。みんな大阪城は一度は焼失したけど、姫路城はそのままだと言うんだ。だけどだからと言って大阪城が美しくないというわけではない。もちろん姫路城も美しい。超越した美だ。しかし大阪城の美が劣っているとは僕には思えない。夜、ライトアップされた大阪城の、素晴らしいひすい色を見たことがあるかい?・・・・京都にも2週間滞在して、寺めぐりをした。京都が大阪より美しいとも言い切れないんだ。それはまるで、鳥は一羽一羽独自に美しさがあるようにね。もし比べるなら、どの種類の美しさを言っているのか特定しないとね。・・・」
 HRMの基本調査および発想は、個人的な観察から始まる。「僕の目で見る大阪は、他の人の見る大阪とは違う。だから作品の中で僕の大阪を見せるのだ。」彼は、あまりに多くの人々が自分達の周りにある美しさを見失ってしまっているので、自分の使命の一つはそれを再発見させる手伝いをすることだと確信している。「僕は大阪の美しさに気づいていない人たちに、大阪の美しさを伝えているんだ。そして知っている人たちもそのことを忘れないように。僕にとって大阪は世界中で一番素晴らしい場所の一つなんだ。僕の夢はハイチと大阪の架け橋を作ること。大阪でハイチのコーヒーやラム酒が楽しめるようにしたいな。だって、大阪の人たちがコーヒーを飲みながら友達や家族と楽しい時間を過ごすのを僕は知っているから。」
 HRMは、その美を地元の自然、歴史や建造物に見つけるだけでなく、毎日の生活の中にも見つける。彼が何度も作品に登場させるテーマに、母子の絆がある。「僕はよく『ママチャリ』(ベビーシートと買い物かごを自転車の前後にくっつけた自転車)の話をする。はじめて見た時、感動したんだ。そしてこれを描きたいと思った。地元の人たちは多分そんなにママチャリを意識していないだろう。ここでは自転車が母と子の絆となっている。子どもは安心している。お母さんはできるだけスムーズな道を選んで行く。子どもは本能的にそのことを知っている。この子どもと母の絆こそが、僕がいつも留めておきたいもので、大阪の美の一つとして人々に見せたいものなんだ。」
 大阪のビジネスについてはあまり知らないとHRMは語るが、これは彼の謙虚さの表れである。彼はビジネスの洞察力を、世界一流のインテリアデザイナー、トニー・チィから学んだに違いない。トニー・チィの手がけた仕事は、大阪ハイアットリージェンシーホテルのインテリアを含め、その仕事の幅は実に広く、国際的である。またアーティストやデザイナー、建築家をリンクさせるビジネスも行っている。HRMは、トニー・チィから多くのことを学んだことは明らかだ。
 またHRMは、自らの厳しい体験を通じて多くのことを学んだ。そもそも最初は「間違い」(後から思えばそれが幸いとなったのだが)から大阪にたどり着いたのである。HRMは最初北海道で発注のあったデザインの仕事の件で大阪に立ち寄ったのだが、それがうまく行かなかったのである。「うまくいかなかったんだけれど、そのことでもっと(日本で働くために)頑張ってやろうというやる気が沸いてきた。まるで捕まえようとした魚が指の間から逃げて行くようだった。捕まえられるとわかっている、少なくともそれが可能だと分っている。だけど、ビザ(滞在許可)を得るための資金が、手元に届かなかったんだ。だから自分で売り込んで、作品を見せ続けるしかなかった。僕はトライすることをやめようとしなかった。そして大阪から離れられなくなった。この街が僕を発奮させてくれたんだ。」
 HRMのビジネスは、大阪、ひいては日本でどうすれば成功するかのモデルのようである。日本語もまだ流暢ではないのに、彼のまわりにはすでに、彼のことを信頼してくれるスポンサーやクライアントの輪ができている。(市長の関氏も彼の作品のファンなのだと彼はいう。)本当に言葉の壁は手ごわくはなかったようである。HRMの作品がその2階の壁や天井を埋め尽くしているサザンクロスカフェのオーナーも、英語は話せなくても、彼の特別な友達であり、人生の先輩でもあるという。そんな深い人間関係も築いているのだ。「僕が初めて大阪に来たとき、日本語は一言も話せなかった。だけど人々は助けてくれようとする。大阪ではいつもそうだ。英語で話しかけようと努力してくれて、僕のレベルで向き合ってくれる。(日本に住んでいる)外国人の中にはそのようなことが(外国人が日本語をマスターできないという思い込みがあるから)偏見だと感じる人もいるようだ。和食の店に入ってお箸の代わりにスプーンを渡される時もそうだ。でも僕はそんな時いつも、これはより深い気配りの表れだと思っている。」色々な国のサービスの質を比べてみると、最近のアメリカへの旅行を基準にしてみても、日本人の気配りは別格だと彼は語る。「日本人は飛行機を発明しなかったかもしれないけど、日本の航空会社で旅すると、それはもう別世界だね。エコノミークラスでもファーストクラスみたいだ。日本人が旅に与えた影響は偉大だよ。」

 現在HRMにはバイリンガルのアシスタントがいて、彼の言葉の壁を軽減してくれているが、彼の多彩なそしてプロフェッショナルな日本語のホームページを見ても、彼のプロモーションの姿勢が伺える。ホームページには彼の友人達やスポンサーもリンクが設置されていて、アクリル絵の具のスポンサーも2社ある。作品の大きさが部屋ほどもあり、絵の具をたくさん使うHRMにとっては、これは大変な援助となっている。依頼を受けて壁画を制作するほか、彼は「Art-HRM アカデミー (AHA)」という、スクールも開いており、そこでは人体解剖の研究を通して描写を学ぶことができる。そして、そうした活動の中では、彼のカラフルなアトリエが創造力を刺激する。また彼の様々なプロモーションツール、ポストカードやリーフレット、色・素材見本なども美しくデザインされ、高品質の印刷をされている。(彼の名刺は、開くとミニチュアのポートフォリオになる。)彼は日本のマーケットが高い品質を好むことをよく知っているのだ。

 そうした上手なマーケティング手法を活かして、彼は大阪ルネッサンスシリーズの最初のパネル数枚を、大阪でも最も目立つロケーションで披露した。彼が強力なモチーフとして使うものに「銀杏」がある。銀杏は大阪の樹であり、御堂筋の両脇に4キロにわたって続く銀杏並木は有名である。その御堂筋で、彼はそれらの作品を公開したのである。彼は決してパフォーマンスアーティストではないというが、その作品披露の手法はとても変わっていた。―――彼が「HRM Lift Off」と称する手法だ。イベントの前に、彼は作品を水彩絵の具で塗りつぶしてしまったのである。そして熱狂的な観客が拍手喝采する中、彼は作品にホースで水をかけ、その下に隠されていた作品を披露したのである。そして彼は、その瞬間を、作品誕生の時とした。それらのパネルは後日タッチアップされ見事な作品として完成されている。実際にはHRMは観客なしで静かに一人で描くことが好きであるが、このようなやり方で公開すると、メディアの注目を浴び、大阪をプロモートできること請け合いである。HRM自身が認める認めないに関わらず、ショウマンの才能が彼に中にあることは確かだ。それは彼の服装にも反映しているのではないだろうか。彼はこのインタビューにも、お洒落なウエストコートに色鮮やかなスカーフ、上品な燕尾服で登場してくれた。

 ブランドとしてのHRMの認知度を高めることと、地元のコミュニティーに交わることとを巧みに調和させながら、彼は存在している。「ある土地に暮らして、その場所をもっと暮らすのに良い場所にできなかったら、そんな生活は意味がない。・・・何か社会のためにやらないと。人生は短いんだ。」彼は地域の通りを清掃するNPOの積極的なメンバーでもあるのだ。彼の才能を活かして、歩道に自転車を止めないようにと呼びかけるポスターもデザインした。時には筆を置き、ほうきを持ってゴミ拾いもする。「たとえ毎日そうじしたとしても、僕にたくさんのものを与えてくれたこの街に恩返ししきれないよ。」「人は僕のことを『外国人』と言うかもしれない。僕は外国人ではない。大阪人なんだ。ここは本当に僕の居場所なんだ。」とHRMは言い切る。
 しかしながら、今、彼は、ある大きなジレンマに陥っている。大阪のテーマで制作する非常にたくさんのパネルを、一つの作品が11メートルもあるものを、どうするかである。もっともっと広いスタジオ、または倉庫も必要になるだろう。皮肉なことに、それはおそらく大好きなにぎやかな街から離れ、どこか田舎に引っ越すことを意味する。でも、もし彼のパネルをたくさん展示できるほど大きなアトリエを手に入れることができれば、そこはきっと、大阪の新名所となるであろう。お母さんと小さな子ども達のための「ママチャリ」サイクルコースなども備えてみてはどうだろうか。そうなったら大阪のプロモーションに更なる貢献をすること間違いなしである。

 インタビューを終えた後、KIPPOにヒューズ・ロジャー・マシュー氏(HRM)から世界最大の壁画制作についてのコメントが届きました。
 「私には世界最大の壁画を創ろうという考えがあり、それはこれまでずっと変わらなかったし、これからも決して変わることはありません。完成させるには、膨大な数のパネル制作が必要であり、とてつもない時間がかかることは間違いないでしょう。時間をかけることは大切だと思います。というのは、パネルの数の多さよりも、作品のクオリティーの高さの方がはるかに重要だと思うからです。何があっても世界最大の壁画制作はやり遂げたいと思っています。完成すれば、それはこれまで誰も見たこと無いようなものになるはずです。ありったけの思いを込めて、デザインし、組み立て、彩り、創り上げます。私はすでにその思いを作品にぶつけています。大阪への深い愛情を注ぎ込んで。」
 
 
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