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現場リポート

Vol.9 京都駅を中心とした、現代アートの新しい胎動!?

by 松永大地

児玉画廊、1 階から2 階展示スペースを見上げる 写真:牧野和馬


08年の秋から冬にかけて、京都駅を中心としたエリアに東西きってのコマーシャルギャラリーが複数、同時期にスペースをオープンしたことで話題になった。コマーシャルギャラリーとは、貸し画廊と違って特に自分たちで主催する企画展を中心に行う画廊のこと。具体的に挙げると、大阪・児玉画廊と、京都・河原町今出川のヴォイスギャラリーpfs/wが京都駅南の東九条へ移転、東京からは小山登美夫ギャラリーとタカ・イシイギャラリー共同の新しいスペースが京都駅北側の花屋町にオープンしたこと。新しいギャラリーができることは珍しいことではないが、京都でギャラリーがあるエリアといえば、主に国立近代美術館と京都市美術館のある岡崎周辺、もしくは繁華街である河原町だった。この同時期に多発した新しい流れを読み解くべく、それぞれのギャラリーのオーナーにお話をうかがった。


「京都にスペースを作りませんか?」

これは児玉画廊・オーナーの児玉公義さんが、移転を決めた直後に小山登美夫ギャラリーの小山登美夫氏を誘った時の言葉。一連の流れは、先に挙げた児玉画廊の移転がどうやらきっかけになっているようだった。

児玉画廊とは、児玉公義さんによって99年に大阪・本町に作られた現代美術専門のギャラリー。04年には東京・神楽坂にもスペースをオープン、08年1月に白金に移転している。児玉さんにお話をうかがうと、ちょうど08年の始め頃から京都への移転を考えていたのだとか。「腰を据えているのはあくまでこっち(関西)。僕自身、京都が実家ですし、作家も京都在住が多い。となると、だんだん大阪に画廊を構える意味がなくなってきたことが一番の理由ですね。」さらに、児玉さんは京都でやるなら場所は絶対に十条界隈と決めていたのだとか。「今さら町家や、雑居ビルなどでやろうとは思いませんでした。安くて広いスペースが確保できる京都駅南のここしかないと。」

東九条にあるこの場所は、京都駅から徒歩約20分、車で約7分と繁華街から離れたエリアだが、「前衛芸術の器としては最適な場所」だと、児玉さんは言う。「ニューヨークのSOHOやチェルシーのギャラリー街、ロンドンでもそう、中心地から外れたエリアは土地の値段が安くて、広いスペースが確保しやすく、地元に密着しやすいことから、世界的に見ても最新アートの発信地になりやすいという傾向もあります。そして、今までになかった場所。これが魅力的ですね。せっかくやるなら新しい場所で、僕が先駆者でないと満足できませんから。」08年5月にこの場所を見つけると、早速改装を始め、10月29日にオープン。もともと鋳物工場だった建物の1階と2階に展示スペースを作った。内部には昔使われていたクレーンなどもそのままにしてある。アーティスト達も、より企画や見せ方を意識せざるをえない印象だ。事実、取材時に展示していた作家は、平面作品に加えて、普段は見せていないというドローイングも展示することで、より包括的に空間作りを意識したものだった。小山登美夫さんに京都への出店を誘ったのは、京都への移転を決めてすぐのこと。集積効果を狙って、同じエリアのごく近くでスペースを探そうという案もあったのだとか。


東京のギャラリーも参戦

小山登美夫ギャラリーは東京に2つのスペースを持ち、海外のアートフェアにも精力的に参加する企画展のみのギャラリーだ。所属作家には奈良美智や蜷川実花など有名作家が名を連ねる、いわば画廊業界のトップ企業だ。小山さんはもともと関西に出店する考えは全くなかったというが、「児玉さんに誘われて、面白い!と即決しましたよ。京都は歴史的に見ても文化の中心地だったところ、新しいことを受け入れてくれる土壌があると思ったし、在住のアーティスト、芸術系の大学も多いしね。」と決定。

小山さんはさらに同じく東京のコマーシャルギャラリー、タカ・イシイギャラリーの石井孝之さんを誘い、ビルをシェア。児玉画廊オープン後すぐの08年11月20日、京都駅の北、花屋町のビルにてオープンした。1階は小山登美夫ギャラリーのギャラリー・ショップTKGエディションズが入っており、2Fには展示スペースが大きく2つ、小山登美夫ギャラリーとタカ・イシイギャラリーが展覧会ごとに同時、もしくは交互に使用している。ここはもともと染め物の工程である六条蒸しの工場だったところを、児玉画廊と同じく作業用のクレーンやトタン屋根などをもとのまま使用、床板にはコンパネを素材のまま見せるような作りになっている。

この辺りは、広大な東本願寺裏ということもあり、古い町並みが残る地域。近くには現代美術を扱うギャラリーはほとんどない。「京都はアクセスがいいよね。大阪、神戸はもちろん、名古屋にも金沢にも近いから。京都駅から近くを借りたので、広い範囲からのお客さんも来やすいとよく言われます。」


京都からの移転も同時期に

さらに、その年の12月25日には市内上京区で長年続けてきた、ヴォイスギャラリーpfs/wも京都駅から徒歩5分の東九条エリアに移転オープン。ヴォイスギャラリーpfs/wといえば、86年設立、ダムタイプほか関西の作家とのつながりも深いオーナー松尾惠さんによる企画中心のギャラリーだ。お話をうかがうと、移転は3年前ぐらいから少しずつ場所を模索していたところ、08年6月に、古くからの知人である現在のビルの社長から「移転してこないか」と誘われると同時に、児玉画廊の移転を聞き、決断したとか。ここも元工場。染色の現場であった場内、大きい搬入口があり、またクレーンの存在もうかがえる。移転後はMATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w という新しい名称でリスタート。お客さんの層も少し変わって、作品を買ってくれる方も増えたといいます。

「この地域なら、新しいことができるスペースを確保できると思いました。身内的でドメスティックなもので終わってしまいがちな京都という環境に一石を投じたいというか、今までの京都の画廊のあり方とは違う、ビジネスとしての感覚を持って始める新しい展開です。より芸術という仕事を社会活動として成立させなければ、という思いです。」


鴨川沿いに生まれる新たな文化

ここで京都の文化と地域の関係を一部確認しておきたい。始めにも触れたが、良く知られた文化ゾーンとしては、岡崎が分かりやすい。平安遷都を記念して創建された平安神宮を中心に、1933年開館の京都市美術館、1963年開館の京都国立近代美術館、そして老舗と言われるような画廊やギャラリーも付近には多数ある。だが、より新しい、前衛芸術としての現代美術を生み出していく体力、そして、松尾さんがいうような、作家が社会と結びついて生きていくようなバイタリティーを備えるには、新たなステージも必要だったのではないだろうか。

京都駅南、七条〜九条の鴨川西畔は、既に書いたが四条河原町のような繁華街とは違った住宅街であり、都市開発がまだまだ未完成の状態。既に使われなくなった倉庫や工場もあり、大きなスペースを確保しやすい。文化的な吸引力としては、ほど近くを鴨川が流れているということも大切である。

鴨川は歴史的に見ると文化とともにあった。古くは万葉集にうたわれ、伊勢物語に登場し、源氏物語では鴨川すぐの下鴨神社での葵祭の様子が鴨川堤から描写されている文学の川。河原の見せ物だった歌舞伎もその発祥は現在南座のある四条であるし、祇園祭では神輿の清めの水としての役割もある祭礼の川でもある。古い文化が今を作っている京都において、新しいものを取り入れ、創造していかなければ、発展はない。この精神は、「古典によって広く世界の知性と共鳴し合う新しい文化創造の運動を起こす」という、源氏物語千年紀委員会が宣言した11月1日の「古典の日」の趣旨からも学ぶことができる。つまり京都においては鴨川に臨むということが文化の発展や創造の象徴になるのではないだろうか。

今回のケースは、多少なりとも児玉さんがいっていたような海外の例との近似する部分もある。1970年代にアーティスト街だったニューヨークのSOHOは地価が上昇し、寂れていたチェルシー地区へとギャラリーが移転することで最新アートの発祥地となった。そしてそのような場所から生活そして格差や貧富の差をテーマにした辛辣な現代美術が生まれてきた。京都駅エリアは新たなアートの発信地としては、格好の土地でもあるといえるのではないだろうか。


未来に京都駅エリアの文化的発展を見据えて

97年に完成した原広司設計による現在の京都駅ビルとなってからは、デパートや量販店も増えて、まさに平成の羅城門的存在であるが、まだ文化的なエリアとして成熟しているとは言い難い。そして小山登美夫ギャラリーから児玉画廊まで歩くと1時間程かかる上に、前述したが京都駅の南北では地域が違うので、今回の地域をひと括りに京都駅周辺としてしまうのは乱暴だが、地の利という意味で京都駅を据えていることは共通していると思う。やや広範囲だがエリアとしての強さが出せれば、新しいアートの拠点は駅周辺となり、さらに面白いものが生まれてくるのではないだろうか。

「アーティストとギャラリー、そしてそれ以外の方達や地域とも情報がもっと有機的に繋がっていけばと思います」と小山さん。タカ・イシイギャラリーのオーナー・石井さんは「もっとまわりにギャラリーなどができれば、東京の馬喰町のようにエリアとして成熟してくるのではないでしょうか。もちろん続けることも大事で、最低でも5年はやらないとわからないでしょうね」と言っていた。

今回、移転から約1年が経過したところでそれぞれにお話をうかがったが、どちらも作家、オーナー、お客さんにとっても刺激的な効果が生まれていると思う。児玉氏は、新たに駅南にギャラリーを出すかもしれない、という人物の話も聞いたという。今後も彼らとその周辺のエリアの動向に注目したい。


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