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生活道具にこそ光る工芸の美。



町屋婚礼調度・鏡台(洛東遺芳館所蔵・京都府)
 日本には、庶民の生活の必要から生まれ、育まれ、受け継がれていったさまざまの工芸品もある。関西においては兵庫県の丹波立杭焼や丹波布がそうであり、滋賀県の信楽焼、和歌山県の紀州漆器、三重県の伊勢木綿・松阪木綿なども同様である。
 これらの工芸品が何故生まれたか。その大きな要因は、素材とする自然の材料を近隣で豊富に産したことである。丹波立杭焼や信楽焼のふるさとは良質の陶土に恵まれ、丹波の畑で作られた綿や山の木皮を原料に丹波布が作りだされた。紀州漆器の産地、海南市黒江は、木地(木型)に用いる檜材が豊富であった。また伊勢木綿や松阪木綿の生産も、伊勢平野の肥沃な土と伊勢湾から穫れる雑魚を原料とした肥料とで、木綿栽培が盛んに行われたことに起因している。暮らしの中の工芸品は、まずこうした自然条件の上にあたかも樹々の実りのように各地で誕生していったのである。そしてそれを育んだのは、巧みな人の手であり根気であった。また時代によっては審美の眼をもつ権力者によって、それらが守られ育てられていった。
 素朴で力強い丹波立杭焼、洗いざらされて美しさを増す丹波布、シンプルな造形が味わい深い紀州漆器…。暮らしの中に生まれたこうした工芸品は、あるものは丹波立杭焼や信楽焼のように、その美しさが茶の精神に通じるものとして茶人に尊ばれ、またあるものは「松阪木綿」の商標で売られた伊勢地方産の木綿のように品質の高さで全国に出荷され、その名を高めた。また中には丹波布のように明治以降の産業変革の波に押されて姿を消し、近年になって研究家の手で復元されたものもある。
 大正から昭和にかけての民芸運動の提唱者、柳宗悦は「工芸は雑器においてすべての仮面を脱ぐ」と述べ、分厚く頑丈で健全な日常雑器の中にこそ工芸の美と基本があると『用の美』を主張した。生活の洋風化や科学技術の発展とともに、われわれの日常を取り巻く素材や道具が変化し始めて久しい。木や土や綿など、自然のものを素材に人の手によって作られてきた工芸品からは、日本人の暮らしの歴史と生活を慈しむ心が伝わってくる。それらはまた時代や国を超えて、輝きを放ち続けるものでもあるのだ。
漆器
木綿織物



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